マカオ激変でベガス企業がピンチ、日本解禁論にも影響か

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 ここ半年ほどでマカオのカジノ業界が激変している。マカオ全体の売上が毎月減少し、2月は前年同月比で 53%ダウンというから、これはもはや単なる景気の変動というレベルの話ではない。完全な異常事態だ。一般企業だったら倒産の危機だろう。
 売上規模でラスベガスを抜き、リーマンショックで世界中の経済が低迷していた時期でさえも「世界一のカジノ都市」として名を馳せながら売上を伸ばし続けてきたマカオに今なにが起こっているのか。

 ラスベガスにとっては地球の裏側の出来事のようにも思えるが、そんなことはない。他人ごとどころか、むしろ当事者であり、ウォール街でも騒ぎになっている。
 理由は単純明快だ。香港証券取引所などに上場しているマカオの大規模なカジノホテルの親会社はウォール街に上場しているベガス企業だからだ。(写真はサンズ社の旗艦ホテル、ラスベガス VENETIAN。まったく同じ形のホテルがマカオにもある)
 ちなみにそれらベガス企業はここ数年、日本でのカジノ解禁を視野に入れた調査活動などにも積極的だったため、マカオの激変は日本の関係者にとっても無縁ではない。特に解禁推進派にとっては、カジノ産業全体が元気を失うことはマイナス要因となると同時に、その一方で、マカオ独自のシステム「ジャンケット」(カジノとギャンブラーの間を取り持つ人物や組織。このあとで詳しく説明)が消滅することになるのであれば、それはその実態を把握したり管理することがむずかしいとされてきただけに、今回のマカオの騒動は朗報になる可能性も否定できず、まさに今後のマカオの動向は日本にとっても目が離せない関心事となりそうだ。

 マカオが激変している最大の理由は中国共産党の習近平政権による腐敗撲滅運動と、そのジャンケットに対する規制とされているが、その前に、ベガスにおけるカジノ企業の勢力図や、それら企業のマカオに対するビジネス・スタンスについてふれておきたい。
 ここで登場するのはラスベガスそしてアメリカを代表するカジノ企業4社、MGM、シーザーズ、サンズ、ウィンだ。もちろん地方都市などを拠点に活動している中小のカジノ企業もいくつかあるが、規模や国際的な知名度という意味ではこの4社に絞ってさしつかえないだろう。(アジアや英国のカジノ企業は議論の対象から除く)

 ラスベガスのストリップ地区における勢力図は右の地図の通りで、カジノホテルの数では MGM とシーザーズが圧倒的な存在感を示しており、サンズ、ウィンはあまり目立っていない。
 一方、マカオではまったく逆で、先頭を走っているのはサンズ、そしてウィンだ

 時系列的には、2002年に中国政府がマカオのカジノ業界への外国資本の参入を解禁した直後、真っ先に参入を表明して実行に移したのがサンズで、そのあとウィンが続き、MGM はやや遅れて現地企業と提携しながら控えめに進出した。シーザーズは今でもマカオに手を出していない。

 その結果、昨年までの業績はどうだったかというと、サンズとウィンが絶好調、MGM は低迷、シーザーズは最悪の状態で、つい先日、日本でいうところの会社更生の適用を申請した。つまりマカオへの進出が明暗を分けたことになり、実際にサンズとウィンの利益はベガスよりもマカオからのほうが多い

 シーザーズの CEOは数年前、ライバル2社のマカオでの成功を受け、マカオへ進出しなかったことに対する後悔と失敗を素直に認める発言をしている。 結果的にマカオからの収益に頼れなかったシーザーズはこの1月に資金が尽きて倒産してしまったわけだが(運営は今までどおり継続中。それに関してはこの週刊ラスベガスニュースの 941号に掲載)、マカオが激変してきた今となっては、なんとも皮肉な結末で、今後マカオの状況がさらに悪化すれば、進出しなかったというシーザーズの決断が評価される時が来るかもしれない。
 とはいえ、倒産に至ってしまった現実、そして昨年までマカオにたくさん存在していた「おいしい果実」を摘み取れなかったという事実はやはり失敗と言わざるを得ず、たったひとつの決断ミスが会社全体の運命を左右しかねないというケーススタディーの典型的な事例になってしまった格好だ。

 さてマカオに軸足を置いているサンズとウィンは今後どうなるのか。ちなみにサンズはシンガポールにも進出し成功しているので(写真はサンズ社のシンガポールのカジノホテル Marina Bay Sands)、マカオ依存度はウィンほどではない。
 収益の半分以上をマカオに頼るウィンのCEOは数年前、「現地法人のみならず、本体のベガス本社もマカオか香港に移すかもしれない」と発言し、ベガスの経済界などから批判を浴びたこともあるほどマカオに積極的だ。
 現在サンズもウィンもマカオに複数のカジノホテルを所有している上、さらに日本円換算で 1000億、2000億規模の開発を進めており、建設工事は最終段階に入りつつある。MGMも2社に遅れまいと新規のプロジェクトを進めており、どれも中断はむずかしい状況だ。それでもウォール街では「もうマカオ市場は拡大しない。今からでも遅くないので建設工事をストップすべき」との意見が出始めている。
 そんな状況を受け、直近の株価はウィンが昨年付けたピーク時の約50%、サンズが約35%、MGMが約25%、それぞれ低い水準で取引されており、ものの見事に各社のマカオ依存度が株価の変化に現れているところがなんとも興味深い。ちなみにこの記事を書いている 17日、MGMの株価だけが急騰している。

 そのようなわけでウィンやサンズ、とりわけウィンはマカオの回復に社運がかかっているわけだが、中国政府のさじ加減ひとつでどうにでもなってしまうマカオの今後を予測することは非常にむずかしい。
 前述の通り、マカオが急変している最大の理由は習近平政権による汚職摘発を中心とした腐敗撲滅運動で、15日に閉幕した全国人民代表大会(全人代)でもその方針を鮮明にしており、業界関係者の間では、これまで以上に引き締めが厳しくなるのではないかとの不安が高まっている。
 ちなみに、巨大な利権を握る上海閥の中心的人物である江沢民の一派も粛清されそうだとの噂が流れており、そのような中国政府の方針はマカオのカジノ業界にとっては痛い話で、ここ数ヶ月の売上減少トレンドがいつ終わるのか、まったく予測できない状況が続いている。
 この習近平政権の一連の行動は一般市民に対するパフォーマンス、つまり国民の間にたまってきた不平不満の「ガス抜き」が目的とされているが、真相は定かではない。それでも引き締めの本当の理由がなんであれ、共産党幹部や役人ばかりが賄賂などで私腹を肥やしていることに対して市民が怒っていることはたしかであり、それを撲滅する方針を鮮明にすることはそれなりに意味があるだろう。

 ではなぜ腐敗撲滅運動が、売上を半減させてしまうほどマカオにとってダメージがあるのか。それはハイローラー(超高額の賭け金でプレーするギャンブラー。カジノにとっては超優良顧客)に売上の多くを頼っており(それはラスベガスでも同じこと)、そのハイローラーの多くが中国共産党の幹部であったり役人であったりするからだ。
 彼らはただ単にギャンブルが好きという理由だけでマカオに足を運んでいるわけではない。つい先日、世界中の金融業界を震撼させたスキャンダル「スイスリークス事件」が大きな話題になったばかりだが、マネーロンダリング(資金洗浄)といった行為も訪問目的とされている。ようするに不正蓄財をわからなくしたり脱税の目的でマカオのカジノを利用しているというわけだ。
 ちなみにそのスイスリークス事件は、香港と英国を中心に活動する世界最大級の金融機関 HSBC銀行が震源地となっているだけに、マカオのカジノを訪れるハイローラーと接点がないとはだれも思っていない。もともと HSBC は富裕層のプライベート・バンキング業務に強いばかりか、2004年にタックス・ヘイヴン(租税回避地)として名高いバミューダ諸島にある銀行を買収しており、そのタイミングが奇しくもサンズ社がマカオに進出し始めた時期と一致しているところがなんともきな臭い。

 人には言えない「怪しいカネ」を使ってカジノで遊び、勝ったぶんは政府公認の上場企業のカジノから受け取る「きれいなカネ」となり、遠い島国の銀行で管理、といった構図が浮かび上がってくる。
 「負けたらどうする?」という心配もありそうだが、それは無用だ。勝って増やすことを目的とせずに資金洗浄だけを目的とするならば簡単にできるからだ。
 たとえばバカラで両サイドに賭ければよい。ルーレットの赤黒の両方に賭けてもよい。どちらかは負けて、どちらかは勝つ。たまにでもでもないが出て負けたとしても、それは洗浄のための手数料と考えれば安いものだ。
 そんなことをやっている中国のハイローラーたちが、このたびの一連の引き締めで中国国内で逮捕されたり、賄賂を受け取りにくい環境になってきている現状を考えると、マカオのカジノの売上が激減するのも無理はない。
 ちなみにこれまでも中国政府は自国民に対してマカオへの訪問回数やその訪問のインターバル、さらには持ち出し金額など、カジノ利用に関して随時法律を修正しながら規制してきた。
 したがって表向きのルールとしては、どんなに金持ちであろうと無制限な高額を持って何回もマカオを訪れることはできない。
 そこで登場するのがジャンケットだ。特に金額の持ち出し制限に対する彼らの役目は絶大で、それはハイローラーにとってもカジノにとっても都合の良い存在となっている。

 それを理解するためにはラスベガスとマカオのハイローラーに対するシステムのちがいを知る必要がある。
 ラスベガスのカジノホテルにおいてハイローラーの窓口となっているのは、一般的に「カジノホスト」などと呼ばれるスタッフや部門だ。
 ハイローラーは超優良顧客なので、カジノホストはスイートルームの確保からレストランやナイトショーの手配、さらには空港とホテル間のリムジン送迎など、ありとあらゆるおもてなし的なことを引き受ける。多くの場合、それらは無料だ。一晩で何万ドル、あるいは何十万ドルも賭けてくれる客に対するサービスとしては当然のことだろう。
 そこまではマカオのジャンケットも同じで、おもてなしに関しては大差ない。大きくちがうところは所属、つまり雇用形態とプレー資金の貸出に関してだ。
 ラスベガスのカジノホストは、そのカジノに帰属しているスタッフか、もしくは何らかの形で提携を結んでいるスタッフというのが一般的だが、ジャンケットはカジノとは完全に独立した存在で、たとえるならば日本の保険の代理店と保険会社本体との関係に似ているかもしれない。
 つまりラスベガスの場合、自社のカジノホテルを選んでくれたハイローラーに対して自社スタッフが担当することになるが、マカオの場合、ジャンケットがカジノホテルに対して自分が持つ顧客(ハイローラー)を紹介し、その代わりカジノホテル側にスイートルームや食事やナイトショーなどを無料で用意させるなどして(場合によってはジャンケットが有料で購入することもある)、それらサービスをジャンケットはハイローラーに提供する。
 したがって広い中国国内から富裕層のギャンブラーを探し出すのもジャンケットの役目であり、それには中国ならではの地元密着型の人脈などを必要とすることから、アメリカ資本のカジノのマーケティング部門などの力ではどうすることもできない部分が多々あり、カジノにとってジャンケットは必要不可欠の存在ということになっている。

 ここまでの話しなら、ジャンケットという存在にそれほど怪しい雰囲気は漂っていないが、ハイローラーへの資金提供に関する部分に話を進めると、何やら裏の世界が見え隠れしてくる。
 ラスベガスでもマカオでもカジノ側からすると、ハイローラーにはたくさんプレーしてもらいたい。つまり、できるだけ大きなカネを持ってきて何日もプレーしてくれるハイローラーが望ましい。
 しかし、いくら大金を持ってきてくれても滞在初日に全部使い切ってしまうハイローラーも多く、そのような場合、カジノ側としてはプレー資金を貸してあげたいと思うのが人情というかビジネスで、実際に貸すことは何ら珍しいことではない。むしろ信用力のあるハイローラーに対しては、始めから現金を持参させることなく、いわゆるツケでのプレーを認めることも多々ある。
 ここまではベガスもマカオもまったく同じで、ちがうのはだれがプレー資金をハイローラーに貸すのかという部分だ。
 ラスベガスの場合、カジノホテル側の専門部署が事前に相手の職業や銀行口座などを調査し、あらかじめ返済能力や回収リスクの限界として設定したいわゆる「クレジットライン」と呼ばれる与信限度額までをカジノホテル側が貸す。
 そして結果的に負けて滞在中に返済できなかったプレーヤーに対しては、後日、送金や小切手の送付、あるいは担当カジノホストが顧客を訪問するなどの方法にて回収することになる。滞納しない限り金利などは付かないのが普通だ。(下の写真は、実際に MGM系のカジノ Mandalay Bay からプレーヤーのところに郵送されてきた集金のためのレターで、「同封の切手付き封筒に小切手を入れて 30日以内に返送してください」と記載されていることが読み取れる)

 一方マカオの場合はジャンケットが資金を貸す。もともと中国本土からマカオへの持ち出し制限があったりするため、この貸出システムがなければ高額での長時間のプレーは実現せず、貸出があること自体はやむを得ない部分もあるわけだが、金利や回収方法が闇に包まれていることが以前から問題となっていた。ハッキリ言ってしまえば反社会的組織が関わっているということだ。
 このジャンケットによる資金提供は、ベガス資本が参入する何十年も前からマカオに深く根付いた文化というか商習慣であり、今になって問題視されるようになったわけではない。
 そもそもラスベガスのようにカジノが資金を貸し出すことは現実的ではないので、ジャンケットが存在しなければマカオのカジノビジネスは成り立たないとされている。
 なぜカジノによる資金貸出は現実的ではないのか。その理由は簡単で、13億ともいわれる人口と広大な国土の中国において、銀行などの信用照会システムがきっちり確立されていない現状では、それぞれの個人に対して与信限度額の設定などできるわけもなく、また回収も困難を極めるからだ。それらの作業は地元の人脈などから得られる情報や反社会的勢力の力を借りなければ成し遂げることができず、アメリカ資本のカジノには到底無理ということになり、もはやジャンケットは必要悪と位置づけられている。

 ラスベガスがあるネバダ州や、アトランティックシティー(東海岸にあるカジノ都市)があるニュージャージー州、とりわけニュージャージー州のカジノ管理当局は以前からこのジャンケットによる資金提供やジャンケットの存在自体を問題視しており、MGM社などに対して警告を発してきたといういきさつがある。
 ちなみに MGMのマカオ進出に関しては「やや遅れて現地企業と提携しながら参入」とすでに書いたが、その提携した相手は、2002年のマカオ開放前からマカオのカジノ界を牛耳ってきた反社会的組織のトップの娘の会社で、ネバダ州当局もさすがにそれを問題視し、あれこれ議論が噴出したが、最終的には「娘は反社会的勢力とは関係ない」との結論に至り、MGMのマカオ進出はアメリカ側でも認可され実現した。
 しかしニュージャージー州の当局は最後まで「娘も問題あり」とのことで、MGMに対して「マカオでその会社と提携することをあきらめるか、ニュージャージー州でのカジノ免許を返上し同州から出ていくか」の選択を迫り、結局 MGMは後者を選び同州内で運営していたカジノを売却した。

 さようにジャンケットと裏の世界とのつながりは関係者のだれもが知る周知の事実ではあるが、ニュージャージー州以外は黙認しているのが現状で、ネバダ州やマカオなどの当局側としてはふれたくない問題であると同時に、ふれられたくもない問題でもあり、放置というスタンスでここまで来ている。日本の警察がパチンコの景品換金システムを黙認しているのとどこか似ていなくもない。
 そのように黙認と放置でうまく回ってきたにもかかわらず、なぜか昨年から習近平の腐敗役人の摘発と平行してジャンケットも槍玉にあげられ、実際に多くのジャンケットが廃業に追い込まれたり、物騒な事件まで発生するようになってしまった。
 あえてここでは具体的に事件の内容までを書くことはしないが、最近ジャンケットの関係者やハイローラーの謎の死や失踪といったニュースが目立ってきており、大きな変化の波がマカオに向かって押し寄せていることはほぼまちがいない、というのが業界関係者の一致した見方だ。
 もちろんその理由はわからない。ひょっとすると、ジャンケットというマカオにとっては広く認知されているシステムも世間一般ではあまり知られていないので無視も放置も可能だったが、大きく報道されてしまったスイスリークス事件とマカオの関連を無視することはできず、習近平は世界に対してクリーンなマカオを証明しようとしているのかもしれない。

 いずれにせよ、くどいようだが、よほどの劇的な規制の変更や政治体制の変革でもない限り、ジャンケット無しに現在の規模のマカオのカジノビジネスは成り立たないことは明らかで、もしジャンケットを一掃し腐敗役人の訪問もなくなるのであれば、需要に対する供給規模として、現存のカジノの数で十分ということになり、そうなると建設中のプロジェクトは供給過剰ですべて不要という結論に達する。
 ウィン、サンズ、MGM としては3月、4月ぐらいまでのマカオ市場の統計結果を待ちたいところだろうが、一つだけ明るい情報というか、楽観的に考えてもよいのではないかと思われるデータがある。それは昨年の2月のマカオは飛び抜けて売上が高い月であったということ。つまり前年同月比で 53% ダウンというのは前年同月が良すぎただけで、それを通常の月並に補正すると 25% 程度のダウンになるようだ。
 もちろん 25%ダウンも激減であることに変わりはないが、3月、4月の結果が 20%以内のダウンにおさまれば、建設中のプロジェクトは続行してもよいのではないかとウォールストリートのアナリストは分析している。
 この騒動をシーザーズのCEOはどのような気持ちで見守っているのだろうか。それはともかく、もしこれから数ヶ月先も大きく落ち込むトレンドが続くようであれば、いよいよウィン、サンズ、MGM の経営陣には重大な経営判断が迫られることになるわけだが、ラスベガス経済に火の粉が飛びかからないよう慎重な分析と決断、そしてすべてがうまくいくことを切に祈るばかりだ。

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