超高額当選者の名前、匿名の大義と、公開の大義

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 毎週火曜日に放送されているNHKのテレビドラマ「書店員ミチルの身の上話」
 平凡な生活をおくっていた主人公のミチルが宝くじで2億円を当てたのを機会に人生が狂い始め、周囲も不幸に巻き込むという泥沼のストーリー。
 その中の教訓、「的中したことはだれにも言うな」は実に重みがあり傾聴に値する。

 ドラマの中だけの話ではない。日本では実世界においても、超高額当選金の的中者は、その当選金を受取る際、みずほ銀行から「”その日” から読む本。突然の幸福に戸惑わないために」という小冊子を手渡され、その中には「ひとりでも人に話せば噂は広まる」、つまり、当選を他人に話す際は細心の注意を払うべき、といった主旨の助言が詳しく書かれているというから、それがいかに厄介な問題であるかがうかがい知れる。
 今週は、ニュースというよりも、高額当選者の匿名性に対する日米の価値観の違い、そして、幸運を的中した人たちが必ずしも幸福にはなっていないという日米共通の現実について、州の規則などとともに書いてみたい。

 ラスベガスには、最低でも 1000万ドル(約9億円)という超高額の賞金が当たる MEGABUCKS と呼ばれる有名なスロットマシンがある。(写真)
 ちなみにこのマシンにおける過去の最高賞金額は 2003年3月21日にエクスカリバー・ホテルのカジノで飛び出した 3971万ドル(当時の換算レートで約48億円)。上の写真は、その大当たりが出る直前に撮影されたものだ。

 高額賞金はカジノに限ったことではない。カジノが禁止されている州においても、ほとんどの州に宝くじがある。
 多くの場合、番号選択制の宝くじになっているため、的中者がいなければ当選金が次回に繰り越され、日本円で 100億円を超える一等賞金になることも珍しくない。
 昨年末、複数の州にまたがり運営されている広域の宝くじにおいて、日本円で約500億円という記録的な一等賞金を2人が的中させ、そのうちの1人(夫婦なので実際には2人。ミズーリ州在住)は、テレビでのニュース・コンファレンスに強制的に出演させられ名前が広く知れ渡ることになってしまい、アリゾナ州に住むもう1人は匿名が許された(最終的にはその1人も名前がわかってしまったが)。この差は何から生じているのか。

 実は、各州の規則により、当選者の名前を公表しなければならないことになっている州と、そうでない州がある。なんと意外なことに、約8割の州が前者、つまり公表が義務付けられており、このことが今あらためて全米で大きな議論となっているから興味深い。

 日本では前述の小冊子が存在している通り、匿名が許されているというよりも、むしろ匿名にしておくことが奨励されている。周囲の者に知られることによって、好ましくない結果になりやすいことが統計的にわかっているからであろう。
 アメリカでも高額当選者の多くが幸福にはなっていないことは広く知られるところで、ほとんどの当選者が仕事をやめ、親戚や知人との交友関係も壊してしまっているようだ。
 「仕事をやめる」ということは「仕事をしなくても食べていける」というプラスの面がある一方で、「日々の生きがいを失い喜怒哀楽もなくなる」というマイナス面もある。交友関係がおかしくなってしまうこともマイナスであることは言うまでもない。

 さらにひどいことに犯罪、それも殺人事件などに巻き込まれてしまうことも珍しいことではないようで、たとえば昨年12月、フロリダ州に住む女性が、3000万ドル(当時の換算レート約27億円)を的中させた知人を殺した事件の裁判は大きな話題となった。他にも高額当選に絡む不幸なニュースは枚挙にいとまがない
 一夜にして超高額を手にした一般庶民は、もともとの大金持ちたちとは周囲の交友関係や生活環境が異なり、まわりからねたまれることが多く、相続目当ての悪行を企てる配偶者や親戚などから狙われやすいという。
 日本ではもう少しモラルが高く、当選金額もアメリカほどは大きくないので殺人事件にまでなることは少ないようだが、とにかくアメリカではそれが現実だ。

 にもかかわらず多くの州が当選者の名前を公表することにしているのはどんな理由からか。それは販売促進的な理由と透明性の確保というからなんともアメリカらしい。
 高額当選者の幸せそうな顔が大々的にテレビなどで報道されると、「いつかは自分も」と思う者が増え、宝くじの売上が伸びるのだという。
 たしかに、「どこどこに住む匿名希望さんが的中しました」よりもインパクトがあることはまちがいなく、売上が伸びれば結果的に州の財政もうるおうことになるので、これは決して悪いことではないだろう。

 もうひとつの透明性という理由はもっと正論かもしれない。連続した番号があらかじめ印刷された日本の宝くじとは異なり、番号選択制のアメリカの宝くじの場合、的中者が一人もいないということがあってもぜんぜん不思議ではなく、逆に考えれば、主催者側が不正を働き、インサイダーの当選者を生み出すことも理論上は可能ということになる。
 そういった疑いを完全に排除し、透明性を確保するためには当選者の公表は避けて通ることができないのだという。いかにも性悪説社会のアメリカらしい理由ではあるが、そこには確固たる信念のようなものが感じられ、その理念を否定することはむずかしい。

 当選者の平穏や身の安全か、それとも透明性の確保か。どこの州も今あらためて議論が活発になっているが、どちらも立派な大義があるだけに、結論までにはかなりの時間を要しそうだ。

 ちなみにラスベガスがあるネバダ州では、宝くじは発行されていないものの、前述の MEGABUCKS など超高額当選金が期待されるマシンでの的中に対しては匿名が認められている
 ラスベガス市の観光局が、この街の公式スローガンとして、「What happens in Vegas, stays in Vegas」を掲げている限り、それは当然のことだろう。
 ちなみにこのスローガンの意味は、直訳では「ラスベガスで起こることはラスベガスに残る」になるが、実際には「あなたがラスベガスでやったことは、ラスベガスの外に漏れることはない。少々ハメを外しても大丈夫。すべての思い出はラスベガスに残しておけばいい」といったちょいワルのニュアンスが含まれた有名な官製フレーズだ。

 参考までに、超が付くほどの高額ではないが、ここのサイトの読者が 58万ドル(当時の換算レートで約7000万円)を的中させたことがあった。
 その際、本人の名前入りの特大小切手が用意され記念撮影が行われたが(写真)、それを拒否することは理論的には可能だったことになる。(この週刊ニュースの544号で、その的中時の様子を紹介)

 というわけで、秘密が守られているラスベガス。大当たりを求め、ふるってやって来てもらいたいものだが、やはりいろいろ調べてみる限り、財力的な立場にもよるが、大多数の一般の庶民は「適度な金額」と「絶対に他人には言わない」が幸福へのキーワードのようだ。
 すでに10億円の資産を保つ者や、年収1億円の者が、数億円を的中しても、何ら人生が狂うことはなく、友人も失わないが、大多数の一般庶民の場合、そうはいかない。
 つまり、賞金は、大きければ大きいほど良いといものではなく、「超高額当選者、必ずしも幸福にあらず」という現実を再認識すべきだろう。
 何ごとにおいてもほどほど、そして身分相応がよい。10億円、20億円は大きすぎる。ラスベガスのカジノでは、的中確率的にも、100万ドル程度までのジャックポットを狙うべきと思えるが、いかがだろうか。それすらも非現実的な無用な心配と言われてしまえばそれまでだが、やはりベガスに来る限り、夢は持ち続けていたいものだ。

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