首相官邸も動き出したオーバーツーリズム問題、ベガスでは無縁のワケ

アメリカ合衆国の国家歴史登録財(National Register of Historic Places)にも指定されている世界的に有名な名物看板。

アメリカ合衆国の国家歴史登録財(National Register of Historic Places)にも指定されている世界的に有名な名物看板。

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 近年(特にコロナ後)、世界中の観光地において訪問者の殺到による大混雑、いわゆるオーバーツーリズムが大きな問題となっている。
 たとえばイタリアのベネチアやフィレンツェ、日本でいうならば京都の清水寺や夏期の富士山などがその代表例だ。

観光公害、京都ではバスに乗れない

 観光公害とも呼ばれたりしているこのオーバーツーリズムは、訪問者自身が静かな環境でゆっくり観光を楽しめないばかりか、交通渋滞やゴミ問題など地元民の生活にも影響を及ぼしており、実際に京都などでは観光客の利用が多すぎて地元民が路線バスに乗れないといった問題も起こっていると聞く。

ベネチアでは入域税、日本も動き出す

 ユネスコから世界遺産ならぬ「世界危機遺産」にリストされそうなベネチアでは、訪問者を対象に「入域料」を徴収する方針を固めたようだが、ついに日本でも昨年10月、首相官邸観光庁が動き出し、それぞれのウェブサイトで観光立国推進閣僚会議の決定事項として「オーバーツーリズム対策パッケージ」というものを発表した。
 その中で「観光客の受け入れと住民の生活の質の確保を両立しつつ、持続可能な観光地域づくりを実現するため」と題して、具体的に日本各地の観光地ごとの対策を提案するなど行政側も問題意識を高めてきている。

観光は需要と供給のアンバランス

 ではなぜ最近になって世界中でオーバーツーリズムが問題となってきているのか。
 それは単純な理論、需要と供給のアンバランスだ。ここでの需要とは観光客の数、供給とは観光スポットの数や受け入れキャパシティーということになる。

大自然の観光スポットは増やせない

 一般の物品などの生産量と消費量とは異なり、観光現場においては市場原理に頼ることができず、需要が増えても供給を増やすことは容易ではない。
 たとえば当地ラスベガスを代表する観光名所グランドキャニオン国立公園(ラスベガスから空路で1時間、陸路で5時間ほど)や日本の富士山などを例にあげるまでもなく、大自然系の観光名所は新たな洞窟や秘境でも発見しない限り増やしようがない。寺院や仏閣などの歴史的な名所も同様だ。

夏期のグランドキャニオン国立公園サウスリム

夏期のグランドキャニオン国立公園サウスリム

大谷選手の観戦ツアーはどうなのか

 また新たに建設された建造物、たとえば東京のスカイツリーや当地ラスベガスの Sphere(球体形の巨大アリーナ、下の写真) なども「供給」の増加にある程度の貢献はできるものの、一朝一夕に増やせるわけではない。
 さらにイベント系、たとえば大阪万博のような博覧会的なものや、大谷翔平選手の観戦ツアーなども新たな観光スポットの供給に少しは貢献できるだろうが、恒久的な観光資源とはなり得ない。
 だからといって恒久的に続いているリオのカーニバル、祇園祭、ねぶた祭ような伝統的なイベントの受け入れキャパシティーを増やすことには限界がある。

Sphere。画面の右奥は MGMグランドホテルなどカジノホテル街。手前はゴルフコース。

Sphere。画面の右奥は MGMグランドホテルなどカジノホテル街。手前はゴルフコース。

発展途上国でも海外旅行が身近な存在に

 さように観光資源の新たな供給は困難を極めるわけだが、では旅行者、つまり需要がなぜ近年急増しているのか。
 それは経済発展に伴う所得増や旅行費用の相対的な低下などにより、発展途上国の人たちにとって旅行が身近なものになってきたからだろう。特に十数億の人口を抱える中国やアジア諸国の人たちの影響は計り知れない。彼らはヨーロッパなどにもどんどん行き始めているが、一昔前までは考えられなかったことだ。

凱旋門を見ることを我慢できるか

 では急増した旅行者の人気観光スポットへの殺到を防ぐことはできるのか。むずかしいかもしれない。
 世界各地の観光名所の受け入れキャパシティーが限界になっているからといって、急増した観光客が名所への訪問を我慢できるとは思えない。フランスを初めて訪れた観光客のほぼ全員がエッフェル塔凱旋門を見たいと思うはずだ。
 同様にそのフランスのセーヌ川で自由の女神像を見たからといって、その人がニューヨークに行けばもっと大きな自由の女神を見たいと思うはずだし、小さすぎて「世界ガッカリ名所」と揶揄される小便小僧だって、初めてベルギーを訪れたらほぼ全員が見に行くにちがいない。
 高額な入場料を課すなど強引な流入制限でもしない限りオーバーツーリズムを防ぐことはむずかしいだろう。

国全体では急増する旅行者を吸収可能

 さてオーバーツーリズムはその対象となるエリアが狭ければ狭いほど問題となりやすいことも付け加えておきたい。
 つまり国全体、たとえば日本、イタリア、フランス、アメリカといった国全体としては訪問者を吸収できる能力があっても、個別の都市、さらには個々の観光スポットになると吸収し切れず問題が大きくなる。
 たとえば海外からの観光客の増加は日本全体では大歓迎だが、京都など個別の都市では問題となりやすく、清水寺など個々の場所ではさらに受け入れ限界となってしまいがちだ。

オーバーツーリズムになりやすい場所

 また当たり前のことではあるが、期間限定旬の時期が短い観光地ほど問題が大きくなりやすい。伝統的な祭りや夏期の富士山登山などがいい例だろう。花見の名所などの混雑も同様だ。
 個人的な余談になるが、まだ海外からのインバウンド客が少なかったころ、新潟県長岡市の有名な花火大会を見に行ったことがある。
 長岡駅周辺の大混雑はいうに及ばず宿泊施設の確保もままならなかったほど苦労した記憶がある。
 新幹線は増発していたようだが、このイベントだけのためにホテルを増やすことなど現実ではないため、今後インバウンド客が増えてきたら長岡市も今以上にオーバーツーリズム問題に取り組まざるをえないだろう。

ベガスにオーバーツーリズムはない?

 さて、ここからはわが街ラスベガスに話題を移そう。
 当地ラスベガスでもオーバーツーリズムとまったく無縁というわけではないが、少なくとも都市としてはほとんど問題となっていない。
 問題となっているのはすでに書いてきたような特定のエリアや期間限定などの場所、具体的には夏期のグランドキャニオン国立公園ザイオン国立公園、そしてアンテロープキャニオンなど一部の観光スポットだ。
(アンテロープキャニオンは両国立公園と比べると知名度は低いが、ケタ違いに範囲が狭いため受け入れキャパシティーが極端に小さく大混雑になりやすい)

夏期のアンテロープキャニオン

夏期のアンテロープキャニオン

F1、CES、スーパーボウルもOK

 では都市としてのラスベガスでも突発的というか一時的なビッグイベントがあるわけだが、その際のオーバーツーリズムはどうなっているのか。
 結論から先に書くならば大した問題になっていない。
 たとえば昨年秋に開催されたカーレースのF1グランプリ、今週から始まった正月恒例の巨大コンベンションCES(ハイテク業界の祭典)、来月ベガスで開催予定のスーパーボウル(アメリカンフットボールの優勝決定戦)などが代表的なビッグイベントだが、F1の際の交通規制やCES期間中の交通渋滞など多少の不便はあっても、前述の花火大会のような現地に行くための交通手段の確保や宿泊場所に困るといったトラブルはほとんど起こっていない。スーパーボウルの日もたぶん大きな問題にはならないだろう。なぜか。

ホテルを確保できていない者は来ない

 長くなってしまったが、ここからが本題というかこの記事で言いたいことで、それは「どんなに大きなイベントなどで訪問者の需要が高まっている状況でもラスベガスが極端なオーバーツーリズムに悩まされることはない理由」だ。
 その理由はずばり「宿泊場所を確保できていない者は来ない」からだ。もちろん宿泊場所を確保しないまま来てしまう例外的な者もいるかもしれないが、基本的には来ない。

砂漠に囲まれた陸の孤島のような場所

 その理由は当地が砂漠に囲まれた陸の孤島のような場所にあるため多くの訪問者は空路を利用しており、また陸路でのアクセスも可能ではあるが、最も近い大都市ロサンゼルスやアリゾナ州のフェニックスからでも陸路で約4時間以上という地理的環境にあるからだ。
 したがって常識的に考えて日帰り旅行は現実的ではない。しかし宿泊を場所を確保できていない者が来ない理由はそれだけではない。

多くの観光地は宿泊の必要がない

 他の観光地と比較して考えてみるとわかってくる。何度も例として登場して頂いているベネチアでも清水寺でも富士山でも、訪問者はそれぞれの場所に宿泊する必要はない。
 たとえばミラノに泊まってベネチアを日帰り訪問、同様に大阪に泊まって京都の清水寺、東京に泊まって富士山といった具合だ。
 そのように書くと、「ベネチアだってミラノから陸路で数時間かかるので宿泊する必要があるのでは」との反論があるかもしれない。
 たしかに訪問するための移動距離的には宿泊したほうが便利そうだが、世界中の大多数の観光スポットはラスベガスとは事情が大きく異なっている。それは何か。

他の観光地では宿泊の必要がない理由

 ベネチアでも清水寺でも、さらに言うならばエッフェル塔、凱旋門、ルーブル美術館、バッキンガム宮殿、サグラダファミリア、自由の女神、アジアならマーライオンでも万里の長城でも、それらオーバーツーリズムとなりがちな観光スポットのほとんどは数時間で見学できてしまうのである。
 数時間で見ることができるのであれば、たとえその観光スポットの近くに宿泊していなくても「せっかくだから見ておきたい」とばかりに日帰りツアーなどに参加する者があとをたたず、結果的に現場の受け入れキャパシティーを超えた訪問者が殺到してしまう。

ベガスでは宿泊の必要がある理由

 一方わがラスベガスの場合、わざわざ飛行機で訪問したり何時間もの長距離運転の末にやっと訪問して、数時間だけ見て帰る者などまずいない。街そのものが観光スポットだからだ。
 つまり「ここを見るしかない!」といったピンポイントの観光スポットとしてはエッフェル塔や凱旋門や自由の女神に負けるが(それでもそれらのレプリカ的なものならラスベガスにも存在している!)、ラスベガスの場合、街全体がエンターテインメントの集合体のようになっているため日帰りという発想にはならないのだ。
 それゆえ全員が宿泊場所を確保してからやって来るわけで、結果としてどんなに魅力的なイベントがあろうとも宿泊キャパシティーを超えた訪問者でオーバーツーリズムになることはない。

30万人以上が同時に来ることはない

 ちなみにラスベガス全体のホテルやモーテルの客室の総数は約16万前後といわれている。一部屋に二人泊まったとして約30万人だ。
 友人の家に泊まるといった例外的なケースを除けばこの街には30万人以上の来訪者が同時に滞在することはないのである。
 では前述のF1やCESのみならず、人気スターのコンサートなど大きなイベントにより「訪問需要」が急増した場合、どうやって対応しているのか。

1泊100ドルの日の翌日が1000ドルに

 それはいわゆるダイナミックプライシングと呼ばれる価格の自由な変動だ。どこのホテルも激しく宿泊費を変動させている。それもほとんどが全自動で。
 1泊100ドルの日の翌日が10倍の1000ドルになってしまうことなど珍しいことではない。市場原理の最たるものといってよいだろう。

MGM Grand ホテルの公式サイトにおける来月2024年2月の宿泊レート(1月9日時点でのレート)。2月11日に予定されているスーパーボウルの日の当日と前日は売り切れで、その他の日もレートが激しく変動していることが見て取れる。

MGM Grand ホテルの公式サイトにおける来月2024年2月の宿泊レート(1月9日時点でのレート)。2月11日に予定されているスーパーボウルの日の当日と前日は売り切れで、その他の日もレートが激しく変動していることが見て取れる。

ベガスはなんと素晴らしい街か!

 世界各国の人気観光地では宿泊費をいくら高く設定しても日帰り客が押し寄せるので大混雑を避けられなくなってきている昨今、当地ラスベガスでは金額にこだわらなければオーバーツーリズムに悩まされることなく楽しい滞在が保証されていることになる。
 もちろん「金額にこだわらないなどムリ。宿泊にそんな高額は出せない!」という者も少なくないだろう。しかしその場合はそれなりに安い日を選ぶという選択肢もある。
 激混みの中での観光を強いられる場所が多いなか、ラスベガスはなんと素晴らしい街か!
 「安い日は休みが取れない」と言うことなかれ。2024年4月からは「働き方改革関連法」の適用により、今までよりは閑散期にも休みを取りやすくなる可能性がある。
 というわけで皆さん、世界的な観光地としては数少ないオーバーツーリズムと無縁の街ラスベガスにぜひいらしてください!

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