当地ラスベガスの人気カジノホテル「ニューヨーク・ニューヨーク」で公演中のシルク・ドゥ・ソレイユのショー「MAD APPLE」を観てきたので今週はこのショーについて取り上げてみたい。
実はこのショー、2022年春にデビューしており、そのときにもこのコーナーで紹介した。なので取り上げるのは今回で2回目ということになるが、なぜ2年しかたっていないのにまたなのか。
それは内容がかなり変わってしまったから。「しまった」と表現すると何やら悪い方への変化のようにも受け取られかねないが、そういうわけではない。
重要なコンセプトなどはまったくブレることなくしっかり維持されており、変化したのは出演する役者たちが大幅に入れ替わったというだけのことだ。
ちなみにコンセプトは「ニューヨークのワイルドなナイトライフ」ということになっている。
では役者の入れ替わりによって内容が良くなったのか悪くなったのか。
結論から先に書くならば、少なくとも一般の日本人観光客にとっては良くなったと考えてよいのではないか。
なぜなら、スラングを含んだ難解な英語をしゃべりまくるコメディアンなどの演目が以前のバージョンよりもやや減っているからだ。
たとえば身長1m足らずの小人症のコメディアンとして人気のブラッド・ウィリアムズや、フリースタイルラッパーとして名高いクリス・ターナーは前バージョンでは注目の役者だったが、現バージョンでは登場していない。
登場しなくなった理由は出演料が高かったことなどによる契約切れとのことだが、だとするとギャラの安い二流の役者ばかりになったのかというとそうでもない。
知名度では上記の両人よりもやや劣るものの実力のあるパフォーマーが多数登場する。
そしてその多くが、観客に語学力を求めない曲芸、アクロバット、空中演技、ジャグラー、マジックなどを演じてくれるので一般の日本人にとっては改悪ではなく改良といってよいのではないか。
もちろんこのショーのコンセプトであるニューヨークのワイルドライフを印象付ける若者主体の個性的な踊りなどは従来どおり健在だ。
個人的な感想として一番記憶に残ったのは、テニスラケットの中をくぐり抜けるコミカルな役者で、しゃべることは一切せずに顔の表情の変化だけで会場全体を笑わせる技術はエンターテイナーの極みという印象を受けた。
ただしこの役者に限らず曜日などによって登場する日が異なるようなので、同じ週でも演目が多少変わる可能性がある。
さて一般的にシルクといえば、独特な衣装とメイク、それに神秘的なオリジナル曲というイメージが強いが、このショーではそうなっていない。
ニューヨークのストリートパフォーマー的なワイルド感を演出するためにはシルク的な衣装やメイクは必要ないというかむしろ邪魔になるのだろう。あえて普段着などで登場するシーンが目立つ。
また音楽もオリジナル曲ではなくニューヨークに関連する既存のヒット曲を多様しており、他のシルクのショー(ミスティア、オウ、KAなど)とは一線を画している。
それでも録音音源を使わずに生バンド演奏にこだわっている部分は他のシルクと同様だが、神秘性を演出する必要がないためか、生バンドが全面的に客席からよく見えるステージ上で演奏しているところはこのショーの特徴と言ってよいだろう。
ではシルクらしくないシルクのショーはこの MAD APPLE が初めてかというとそんなことはなく、ラスベガスだけでも過去に「ZUMANITY」、「BELIEVE」、「R.U.N.」などが演じられてきた。
ただしそれらはすべて短命で終わっており、そういう意味ではこの MAD APPLE も開幕当初から心配されてきたが、とりあえず2年継続されているばかりか、集客状況も悪くないと聞いているのでしばらくは安泰か。
ちなみに終演後、劇場から出ると、そこはニューヨークの街中を模したホテル「ニューヨーク・ニューヨーク」の中なので、一気に現実に引き戻されないのも心地がよい。このショーが別のホテルで行われたとしたら、終演後の印象は全く違うものになっていたことだろう。
なにやら良いことばかり書いてきたようにも思えるが、やはりこのショーはこれまでの典型的なシルクのショーとは大きく異なっていることだけは頭に入れておいたほうがよい。それはくどいようだが語学的な部分だ。
「どこの国からの観客にとっても楽しめるようにトークの部分は極力なしにする」がシルクの大原則だったが、この MAD APPLE では「英語がわからない人」や「他の国から来ている人」への配慮はあまりなされていない。
ニューヨークのワイルド感を演出するためにはこの部分を妥協したり譲歩してしまうと、どっちつかずになってしまうので言語に関する配慮などは不要でよいということだろう。
ちなみにワイルド感といえば、放送禁止用語などが容赦なく飛び交う場面もあったりするためか、この MAD APPLE は18歳未満は入場禁止となっている。
会場へは開演時間の30分前までには行くようにしたい。開演までの時間、観客もステージに上がることができるからだ。
ステージの上にバーが設置されており、さまざまドリンク(おもにアルコール類)を買えるようになっているばかりか舞台セットをバックに記念撮影もできる。
一般的にシルクのステージの上には特別なバックステージツアーにでも参加しない限り行けないのが普通だが、ドリンクを買うために上がることが出来るとは、なんとも粋な計らいではないか。貴重な体験になるはずなのでぜひステージの上がってみよう。
ドリンクに関しては注意点が1つ。それはその値段。特にアルコール類は日本の感覚からするとべらぼうに高い。
たとえばショーと同名のシグネチャー・ドリンク MAD APPLE は、アップルマティーニのようなウォッカベースのリンゴのカクテルで $22。他のカクテル類も同じような値段。最近の円安レートで換算するとチップも含めて 4000円近いことになる。
ビールもバドワイザーなどアメリカ産の一般的なブランドが $9、輸入モノが $10と決して安くない。
公演日時は火・水を除く毎日 7:00pmと9:30pm。
チケットはニューヨーク・ニューヨークホテルの公式サイトで購入可能。
料金は需要と供給に応じた変動制(ダイナミックプライシング)が採用されているので固定ではないが、安い席は$70前後からで、高い席は$200くらいまでといったところか。
大きな花道のようにせり出したステージを囲む形で客席が配置されているので、全体を観たい場合は出来るだけ正面を選ぶと良いだろう。
なお前のほうの席はコメディアンに絡まれる可能性があるので、それを避けたい人は8列目より後ろにしておくと、やや安心かもしれない。