ピラミッド型のホテルとして知られるルクソールで、バイオレンス系の奇抜なショー「R.U.N」が先月末から始まったので紹介してみたい。
演じているのはカナダを本拠地とするサーカス団「シルク・ドゥ・ソレイユ」(以下、シルク)。同劇団が手掛けるラスベガスでの常駐ショーとしては8作目(終演したショーは除く)となる。
まずはいきなりこのショーを観ての感想だが、これまでのシルクのショーとはあまりにも違いすぎて説明に困ってしまうというのが正直な第一印象だ。
「何が違いすぎるのか?」といわれても、ありとあらゆる部分が違いすぎ、その説明も容易ではないが、「毛色が違う」との表現が一番ふさわしいかもしれない。
とにかくシルクの DNA などはほとんど感じられないショーなので、これまでのシルクらしさの演出を期待して観に行くと 100% ショックを受けること間違いなしだ。
良い意味でのショックか悪い意味でのショックかといわれたら、それはたぶん悪いショックになるだろう。したがって、従来型のシルクのファンがこれを観たら大いに困惑するに違いない。
以上のことは個人的な感想ではあるが、地元メディアなどの論調もおおむね似たり寄ったりなので、現時点におけるマスマーケット(一般大衆の全体)からの評判は決して芳しいものではないようだ。
ではなぜそんな評判の悪いショーをシルクは始めたのか。実は関係者の話によると、開幕直後の初期の不評はシルク側も織り込み済みで、今の段階での悪評判は想定内とのこと。
つまり、始めからマスマーケットを意識した作品にするつもりはなく、これまでシルクに興味を示さなかった若年層などのニッチマーケットをねらっており、このショーを観て気に入ってくれた若者たちが今後 SNS などを通じてファンを増やしてくれればそれで良しとしているようだ。
また、これまでシルクには似たようなコンセプトのショーが多かったため、マンネリ感からの脱却という意味での「斬新なショーによる変化」が求められていたことも背景にあり、今回のこの R.U.N をマーケティングするにあたっては、10年ほど前までプロレス団体 WWE のマーケティングに関わっていた人物を抜擢し、6000万ドルを超える予算を注ぎ込んだというから「変化」に対する本気度がうかがえる。
ショーの誕生に至るまでの経緯などはそのへんにして、気になるショーそのものの内容、そして一般の日本人観光客にとってのこの R.U.N の位置づけなどに話を移したい。
まず内容についてだが、「花嫁の赤いハート型のネックレスをめぐる、Blakjax と Street Kingz という2つの不良グループの抗争」というのがストーリーだ。
抗争というからにはおのずと殴り合いなどの格闘シーンや暴力シーンが増えてしまいがちで、結果的にジャンル的にはバイオレンス系の作品に仕上がっている。
したがって過激な演出を好まない人にとっては、気分を悪くしたり、うんざりしてしまう可能性もある。小さな子供ならなおさらだ。
そのためいわゆる「PG-13」、つまり 13歳未満の者の鑑賞は奨励されないという位置づけになっており、家族みんなで楽しめるショーというわけではない。
では単なるバイオレンス系の過激なドタバタ劇かというと、そうでもない。
演出方法が非常に奇抜で、役者による実演とハイテク映像技術の融合というカタチでストーリーが展開し、舞台演劇の要素と映画の要素が絶妙に絡み合っているところがこのショーの真骨頂であると同時に、見どころでもある。
実際にこのショーの広報資料やメディア評などの中に Live Action、Action Movie、Movie Style Stunts といった言葉が何度も登場するので、過激な演出や映画という部分にこだわった作品であることは間違いない。
したがって、格闘系の作品や、映像技術、音響、照明などの分野に興味がある者にとっては大いに興味をそそられるショーといってよいのではないか。
では一般の日本人観光客にとってはどうか。残念ながら、まったく向いていないというのが正直な印象だ。
どんなショーにおいても賛否両論があること自体は普通だが、この R.U.N においては「賛」よりも「否」が圧倒的に多いと予想される。
というのも、バイオレンスという部分に対する好き嫌いの問題もさることながら、これまでのシルクとはまったく異なり、英語のヒアリング能力や読解能力が求められるからだ。
シルクではこれまで長らく世界各国からの観客に配慮し、役者がしゃべるシーンやナレーションなどは極力避け、非英語圏の観客でも楽しめることを基本コンセプトとしてきたわけだが、この R.U.N ではストーリーを説明するナレーションが断続的に入るばかりか、ステージ上に映し出される英文を読ませるシーンも多々あり、明らかに従来のシルクのショーとは大きく異なっている。
従来と異なっているのは演出する側だけではない。観客側の反応にもいえることで、観客が笑うシーンはほとんどゼロに近い。
そもそもバイオレンス系ということで、観客に笑ってもらうようなストーリーではなく、ピエロなどの道化師による演出などもないので、笑いがないのは当然と言えば当然だが、それだけシルクとしては異質のショーということになる。(開演直前の撮影禁止を伝えるアナウンスのときだけ、ジョークが入るので場内から笑いが聞こえてくる)
笑いだけではない。拍手がまったく起こらないのもこのショーの特徴だ。映画という要素が強い作品なだけに、映画の感覚で鑑賞していれば拍手がわかないのも不自然ではないが、拍手がまったくないと場内の雰囲気としての盛り上がりに欠けることは否めない。
(だれか一人でも拍手をすれば、それにつられて他の人からも拍手はわき上がるものなので、たまたま今回観た公演では「その一人」が現れなかっただけかもしれないが、拍手がわきそうなシーンがあまりなかったのも事実)
DNA がまったく感じられない、シルクのファンが観たらショックなど、なにやらネガティブなことばかり書いてきたが、ガッカリするのはまだ早い。ここまでに書いてきたことはすべて前半の話であって、後半はガラリと変わるからだ。
50分をすぎたころからシルクらしい部分も随所に現れ、会場も盛り上がり拍手もわき起こる。バイオレンスのシーンがほとんどなくなるのも後半の特徴だ。
あまり細かく説明してしまうと観る時の楽しみが減ってしまうので一部だけ紹介しておくが、役者がステージ上で走ったり(まさに RUN)、車が砂漠を爆走するシーンなどでの背景映像の奇抜な使い方や、強烈な加速が可能な超ハイパワーの電動オートバイによる曲芸走行などは一番の見どころといってよいだろう。
さて、これは見どころではないが、気になったことなのでふれておきたい。
それは拷問やリンチなどのシーンだ。火あぶり(本物の火を使う)、薬物注射、首の締め上げ、手足を骨折させるシーンなどは、かなりリアルな演出なので残酷に見えることもさることながら、観客の全員が必ずしも善良な市民とは限らず、それをマネした暴力事件などが誘発されないとも限らない。
もちろん格闘系のゲームや映画の中では残酷なシーンなどいくらでも見られるので、このショーだけを危惧しても意味はないが、それでもリアルの舞台におけるライブ演技は、観客の頭の中に残るインパクトが映画などとはぜんぜん違うようにも思えるが、心配のしすぎだろうか。
ちなみに関係者の話によると、この R.U.N はまだ改良を加えている最中で、今後も一部の演目において変更が加えられる可能性があるとのこと。拷問シーンも、もう少しソフトなものになることを期待したい。
それはそうと、気になることといえば、もう一つ。後半に関しては悪い印象は全然なかったものの、エンディングの場面でのスタンディングオベーションが起こらなかった。シルクのショーとしては珍しい光景といえるかもしれない。
だれか一人が立ち上がれば、それにつられて立ち上がる者も出てくるだろうと思いながら見ていたが、その「最初の一人」が最後まで現れなかった。感動が少なかったことの裏付けとも考えられなくもないので心配だ。
集客難で早期の打ち切りなど今すぐには考えにくいが、6000万ドルを無駄にしないためにも、大幅な改良を検討したほうがよいのかもしれない。
最後にこのシアターの入口について。上の写真のように、現場の頭上は非常に長い光の直線が並んでいるだけで、特に意味があるようには見えない。
たしかにその長い直線には意味がないが、その直線に紛れ込むように、やや太くて直線が存在しており、それは意味をなしている。
下の写真のように縦位置の方向から遠く離れて見ればハッキリわかるが、R.U.N という文字が隠されているので、ぜひ離れた場所から見ていただきたい。
公演日時は月曜日と火曜日を除く毎日 7:00pm と 9:30pm。公演の正味時間はシルクのショーとしてはほんの少しだけ短めの約75分。
チケット料金は変動制が採用されており固定的なものではないが(いわゆる「ダイナミックプライシング」)、税金や手数料を含めての価格の中心帯はおおむね $100 前後。
なお、座席はあまり前のほうを選ばないほうがよい。正面のステージのみならず左右の壁にもさまざまな映像が映し出されたりするので、前すぎると左右の壁を見る際、振り向かなければならないからだ。
したがって、縦位置としては 20列目よりも後ろがおすすめ。横位置は中央寄りのほうが良いに決まっているが、そのぶん料金が高いことはいうまでもない。
シアターの場所は、ルクソールホテルのピラミッド館の正面玄関からカジノフロアに入って左奥。
コメント(1件)
昨年、11月から12月初めまでラスベガス滞在中、新しいショーというので観ましたが、はっきり、言って感動がありませんでした。毎年、ラスベガスへ行き、シルク・ド・ソレイユのショーは何度も、全部、観ていますが、お勧めできません。