劇場の入口での保安検査の厳しさがショーによって異なるワケ

壁面に描かれているのはシルクのショー「R.U.N」の広告

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 このサイトのフォーラムで議論されているばかりか、直接メールでも問い合わせが寄せられたりしているので、今週は、ナイトショーのシアターに入る際の保安検査について取り上げてみたい。

 議論の内容は実にシンプルで、「同じシルク・ドゥ・ソレイユという団体が演じているショーなのに、それぞれのショーにおける保安検査の厳しさがぜんぜん違うのはなぜ?」というもの。

 ちなみにシルク・ドゥ・ソレイユは現在ラスベガスで以下の8つのショーを公演している。(カッコ内は会場となっているホテル)

MYSTERE (トレジャーアイランド)
(ベラージオ)
ZUMANITY (ニューヨークニューヨーク)
KA (MGMグランド)
LOVE (ミラージュ)
Michael Jackson ONE (マンダレイベイ)
R.U.N (ルクソール)
Blue Man Group (ルクソール)

R.U.N のシアターの入口付近の様子

 これらのショーの現場における保安検査の様子を簡単にまとめると、Michael Jackson ONE は手荷物の内部検査や金属探知機も使ったボディーチェックがあるなどかなり厳格だが、逆に MYSTERE は特に何の検査もない。
 そして残りの6つのショーは、観客の流れを現場スタッフが目視で監視しながら、大きなバッグなどを持った者だけが呼び止められる程度のソフトな警備となっている。(あくまでも現時点での状況であって、今後も変わらないとは限らない)

 この現状に対して、「なぜ同じ劇団がやっているのにこうも違うのか?」「年末にシルクのショーを観に行く予定だが、大きめのハンドバッグは持ち込めないのか?」といった質問が寄せられているわけだが、その答えは実に簡単だ。
 それは、「治安管理はホテル側の仕事であって、シルク・ドゥ・ソレイユとは関係ない。大きめのバッグに関しては、呼び止められてもシアターの入口で預かってもらえるので心配無用」ということになる。
* 文末に【注意】あり)

 もう結論を書いてしまったので、ここで終わりにしても話題としては完結するが、それではあまりにも短いので、以下に余談なども交えて補足しておきたい。

Michael Jackson ONE のシアターの入口

 本件において理解しておくべきポイントは、シルクは各ショーの公演の一義的な主体ではないということ。
 あくまでも主体は各ホテルであり、この両者の間の関係は「シルクはホテル側から依頼されてショーを演じているだけ」と考えるとわかりやすい。
 その「主体」的な立場の者を「主催者」と呼んだり、あるいは運営、企画、制作などのタイトルで称されたりすることもあるが、シルクはいずれでもなく「パフォーマー集団」だ。

 もちろん演じる内容の企画や小道具の制作などはシルクが担当していることは言うまでもないが、公演そのものを企画したり、運営全体のプランの制作などは主催者側の仕事であって、シルクは原則として関わらない。
 ちなみに今年日本の各地で開催されていたシルクの「キュリオス」の公演は、その公式サイトによると「企画制作 フジテレビジョン」となっており、公演の主体がテレビ局であったことがうかがえる。

 つい先日、Michael Jackson ONE の責任者(ホテル側ではなくシルク側の責任者)に会う機会があり、この保安検査に関して質問したところ、まさにここまでに書いてきたことと同じような返事が返ってきた。
 「シルクはショーを演じる組織であって、公演の主催者でも運営者でもなく、治安管理は我々の仕事ではない」とのこと。
 そして Michael Jackson ONE だけが厳しいことに関しては、「会場となっているマンダレイベイホテルは、2年前の銃乱射事件の関連で厳しくしているのではないか。他のシルクのショーでも検査を強化すべきかもしれないが、新たなセキュリティーゲートなどの導入には費用がかかるので各ホテルは慎重になっているようだ」と説明してくれた。
 ちなみに本件に関してホテル側の広報部門に問い合わせてみたところ、まだ返事をもらえていない。

 というわけで、シルクはあくまでもショーそのものを演じるプロ集団であり、治安管理のプロでもその責任者でもないことがわかったが、最後に余談として、痛ましい話を取り上げて今週の記事を終わりとしたい。

マンダレイベイホテル

 2年前の銃乱射事件とは、犯人がマンダレイベイの高層階の客室の窓から、地上で開催されていた野外コンサートの会場に向けて発砲したという前代未聞の事件で、58人が死亡(事件後、さらに死亡者が1人増えている)、数百人が負傷したとされる。

 この事件により MGM Resorts社(マンダレイベイは MGM Resorts社が運営)は、被害者側から集団訴訟(クラスアクション)を起こされ、事件からちょうど2年が経過した先月、遺族や負傷者に対して約8億ドル(約870億円)を支払うことで、ほぼ決着する運びとなった。

 この8億ドルには、死亡者の遺族や肉体的な負傷者のみならず、千人以上とされる PTSD(強烈なショック体験などにより精神的なダメージが残ってしまう障害)の被害者の分も含まれているとはいえ、途方もない超高額であり、高すぎるという印象は否めないが、とにかくこの金額は「犯人が客室内に大量の武器を持ち込むことを見逃してしまったホテル側に落ち度があった。客室の清掃スタッフも武器の存在に気づく機会があったはず」といった原告側の主張による結果だ。
 宿泊客の荷物をホテル側が完全に監視することなど現実的には不可能であることを考えると、なんとも腑に落ちない結論ではあるが、これがアメリカの裁判なので仕方がない。

 こういった超高額の裁判結果(和解の場合も含めて)を耳にすると、多くの日本人は「アメリカの被害者はなんでもカネ、カネ、カネの守銭奴だな」などと思ってしまいがちだが、必ずしもそうとはいえない。
 というのも、この種の訴訟(相手が大きな企業の場合など、被告側に高額の支払い能力がある訴訟)は、被害者側からの自発的な行動というよりも、言葉は悪いが、成功報酬を期待する弁護士が被害者を焚き付けて始まることが少なくないからだ。
 つまり弁護士側の主導で始まる高額案件の裁判におけるカネに対する執着心のようなものは、被害者よりも弁護士側のほうに強く感じてしまう。

 それが現実なのか、成功報酬をあまり望めない事案に対しては、どんなに被害者側が裁判に持ち込むことを望んでいたとしても、弁護士は関わろうとしないのが普通だ。(もちろん報酬が期待できなくても純粋に被害者を助けたいという弁護士もいるにはいるが)

 弁護士もビジネスである以上、報酬額にこだわることはある程度は仕方がないが、それが露骨に見えてしまうと(たとえば原告となる被害者よりも弁護士のほうが先走るような行動など)、そこには良心があまり感じられず、なんだか残念な気分になってしまう。
 また、陪審員の心情として、支払い能力がある大企業よりも、困っている被害者側に肩入れしがちな傾向があることも、原告側の弁護士にとっては追い風の環境であり、大企業相手の裁判は弁護士にとって絶好のビジネスチャンスといえるのかもしれない。
(なお、原告側弁護士にとって、集団訴訟には成功報酬という大きな魅力があると同時に、膨大な時間やコストがかかるのも事実で、そのへんの事情に関して興味がある場合は、こちらのサイトにくわしく掲載されている。 http://www.sllr.j.u-tokyo.ac.jp/03/papers/v03part09.pdf )

 話は横道にそれてしまったが、そのような背景が大きく影響したかどうかは別にして、とにかくマンダレイベイ側は8億ドルを負担することになりそうなわけで(報道によると、その金額の大半は保険によってカバーされるとのことだが)、今回の事件は MGM社にとっては痛い教訓となったにちがいない。

 「ホテル側にも落ち度があった」と判定されてしまった以上、効果はどうであれ、ある程度は安全対策に力を入れているスタンスを示さざるを得ないのか、現時点では Michael Jackson ONE の保安検査だけが厳しくなっているようだが、他の多くのショー、つまり MYSTERE 以外のすべてのシルクのショーの主催者がマンダレイベイと同じ MGM社であることを考えると(トレジャーアイランドだけは MGM社が運営しているホテルではない)、マンダレイベイの保安検査との整合性という意味で、遅かれ早かれ他のシルクのショーでも検査が厳しくなるような気がしないでもない。
 それで安全性が高まるのであれば歓迎されることではあるが、それによってチケット料金が高くなってしまうのなら、消費者のみならず主催者にとっても喜べない事態で、現在マンダレイベイ以外のホテルはそのような状況に直面し、保安検査の強化に踏み切れないでいるのかもしれない。

【注意】
 通常サイズのショルダーバッグ程度までなら入口で預かってもらえるが、規定のサイズを超えた大きなバッグやリュックサックなどは現場で預かってもらえず、「ベルデスクまで行って預けるように」と言われてしまうことがあるので要注意。(ベルデスクはシアターから遠いことが多い)
 また、シルクのシアターの話ではないが、大きめのトートバッグを持っていて持ち込みを断られ、預ける場所も無く、結局入場を断念させられたという話もあるので、すべてのショーにおいて、大きな荷物は持って行かないことに限る。

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