観光局と、その浪費を追求する地元有力紙とのバトル

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 今週は、大多数のここの読者、つまり日本からの一般観光客にとってはどうでもいいような話題ではあるが、納税者としては不愉快な事実 のはずなので、あえてここで取り上げてみたい。
 ちなみにここでいう納税者とは、日本からの観光客も含む全世界からのラスベガス訪問者であり、地元民ではない。

 話の内容を簡単に言ってしまえば、100年以上の歴史がありラスベガスで最大の発行部数を誇る有力新聞 Las Vegas Review- Journal(以下 RJ)が、ラスベガス観光局の浪費問題を徹底的にたたいて追求しているというメディアと役所のバトルだ。
 浪費の内容は多岐にわたるが、RJ が最も問題視しているのが、幹部の給料や特別待遇で、日本円で数千万円という高額年俸、お抱え運転手、多額の出張経費、不明瞭な接待交際費など、観光局は公金を湯水のごとく無駄に使っているとのこと。
 そしてこのバトルは、単なる「メディアが公的機関の不正を暴く」というよくある構図だけで終わらないところが興味深い。じつは、その新聞社 RJ の新オーナーはベネチアン・ホテル、パラッツォ・ホテルを所有する Las Vegas Sands 社の会長で、 この Sands 社と観光局はライバル関係にあるから話は複雑だ。このバトルの本質を理解する上で、事前に知っておく必要がある事実関係を以下に列挙してみた。

ラスベガス観光局は、その運営費の大半が税金でまかなわれており、れっきとした公的機関である。

その税金の財源は Room Tax(いわゆるホテル税)で、宿泊料金の約13%という高い税率が、宿泊者に課せられている。(この税率は時期によって変動したり、ホテルの所在地によって多少異なるが、現在はおおむね 13%)

当然のことながら Sands 社の客、つまりベネチアン・ホテル、パラッツォ・ホテルの宿泊者も、この税金を負担している。

ラスベガス観光局の年間予算は日本円換算で 300億円を超える規模で(毎日1億円)、これは全世界のあらゆる都市の観光局の予算よりも大きいとされている。

ラスベガス観光局の主な業務は、観光客を増やすための活動であることはいうまでもないが、この観光局の正式名称 Las Vegas Convention and Visitors Authority が示す通り、コンベンションの誘致も業務としており、さらに誘致のみならず実際に「ラスベガス・コンベンションセンター」という巨大な施設も所有・管理・運営している。

Sands 社のベネチアン・ホテル、パラッツォ・ホテルのビジネスモデルは、一般の観光客の受け入れのみならず、その両ホテルに隣接する巨大コンベンション施設「サンズ・エキスポ・コンベンションセンター」にさまざまなイベントを誘致し、宿泊、飲食、カジノなどの売上を増やすことである。

したがって、「ラスベガス・コンベンションセンター」は税金で運営されている公的な施設、一方の「サンズ・エキスポ・コンベンションセンター」は私企業 Sands 社の施設であり、官が民のビジネスを圧迫することは好ましいことではないが、実際には両者の施設はライバル関係にある。

ラスベガス観光局は、2016年に爆破解体されたリビエラ・ホテルの跡地をすでに公金で買い取り、その土地を活用するかたちで、「ラスベガス・コンベンションセンター」を拡張する計画を発表している。

Sands 社の会長 シェルドン・アデルソン(Sheldon Adelson)氏は、世界屈指の億万長者として知られており、経済誌フォーブスの 2017年長者番付によると、その資産は約3兆5000億円

2015年12月、Adelson 氏は個人の資金で、RJ の全株式を 1億4000万ドル(当時のレートで約170億円)で買い取ったため、Sands社の会長であると同時に新聞社のオーナーでもある。

 以上が対立する両者の関係ということになるわけだが、Adelson 氏の所有物となった RJ は、半年ほど前から観光局を徹底的にたたくキャンペーン記事を掲載している。
 たとえば、観光局のトップの年収が日本円で約 7000万円、幹部が私的な短距離の市内移動にも公用車を多用、ファーストクラスや高級ホテルを使った海外出張、接待で超高級ワイン、監査を担当する会計事務所との不適切な関係、弁護士への高額報酬、身内の職員への高額ギフトなどなど、RJ が指摘している問題点は数え切れない。(以下は数ある RJ の記事の中のほんの一例)

幹部のボーナス、16万ドル(約 1800万円)にアップ (2016年8月9日付)

接待交際費、アルコール類だけで 69万ドル (2017年4月3日付)

身内のギフトに 5万ドル (2017年4月25日付)

顧問弁護士の年俸を 19万ドル + ボーナス 4万ドルにアップ (2017年8月11日付)

 一方の観光局側は、観光客の増加、大きなイベントやコンベンションの誘致に成功、航空会社との関係を強化しラスベガス発着の航空路線の新設や増便に貢献など、活動による成果を強調しながら、幹部の年俸も経費も妥当 であると主張。
 しかしながら、RJ の紙面での公開質問状のような部分には、納税者が納得するような形では答えていない。

 Adelson 氏は、以前から観光局が公金でコンベンション施設を運営していることに対して不満を表明しており、そこにリビエラ跡地での拡張計画が発表されたとなると、不満が爆発してしまうのも無理はない。そしてその公金も、自分のホテルの客から徴収されたものだと思うと、いかりもなおさらだろう。
 では他のホテルの経営者たちは、一連の RJ の観光局たたきをどのように見ているのか。実はこれが意外にも静観を決め込んでおり、観光局を強く批判するような態度はほとんど見せていない。
 理由は、Adelson 氏が率いるベネチアンやパラッツォとは状況が微妙に違うためと思われる。たとえばラスベガスで最大の勢力を誇るホテルグループ MGM社の場合、「マンダレイベイ・コンベンションセンター」を始めとするいくつかのコンベンション施設を有しているため、観光局の施設と競合する要素は多少あるものの、MGM グループ全体としては、Sands 社と比べるとコンベンションビジネスに頼っている比率が相対的に低く、そのため観光局が 「ラスベガス・コンベンションセンター」でのイベントを誘致してくれれば、そこに来る来場者が MGM系のホテルを利用してくれることになり、観光局の存在は必ずしも悪いことではなく、むしろマイナス要因よりもプラス要因のほうが大きくなりやすい。
 MGM に次ぐ勢力を誇るシーザーズ系のホテルの場合はさらに状況が観光局寄りとなっており、あまり大きなコンベンション施設を保有していないため、観光局とは対立関係になりにくく、恩恵のほうが圧倒的に多いとされる。

 そのようなわけで、現時点では Sands 社だけが観光局を批判している形になっているが、RJ のキャンペーン記事を読む限りでは、観光局は襟を正さなければまずい状況に追い込まれるように思われる。
 そのような体質の組織になってしまった背景には、昔ながらのこの街のしきたりや人脈など、さまざまな理由がありそうだが、最大の理由は 納税者から離れた位置にいる組織 であるため、オンブズマンのような力学が働きにくいからではないか。
 つまり一般の公的な組織、たとえば市役所、消防署、警察、学校などの場合、納税者が身近に存在し、納税者がそのサービスを受けることになるため、その運営に対する納税者の関心は高い。組織が無駄なことをしていれば、すぐに批判を浴びることになる。
 しかしラスベガス観光局の場合、財源をサポートしている納税者は一時的にこの街にやって来る観光客。そもそも観光客は自分たちが払ったホテル税が観光局に行っていることすら知らない。これでは納税者の監視の目が届かず、腐敗した体質になってしまうのも無理はない。

 いくらなんでも 13% という税率は高すぎる。それでも、一般の観光客に 「納税者の意識を持って、もっと厳しく監視を!」と言ったところで、全世界にバラバラに点在する観光客たちが組織や圧力団体などを結成できるわけもなく、観光局にとっては怖くもなんともないわけで、ここはやはり Adelson 氏RJ に頑張ってもらうしかなさそうだが、ネット社会の今は、そうでもないかもしれない。
 全世界に散らばる納税者がネットでつながり一致団結して組織を結成し、Adelson 氏 をサポートするような運動を起こさないとも限らない。観光局はネット社会や億万長者の影響力を軽くみること無く、今のうちに体質を改善しておいたほうがよさそうだが、はたしてこの問題、今後どうなることやら。今日も RJ のキャンペーン記事は続いており、終わる気配をまったく見せていない。

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