「遠回りタクシー」に対する注意喚起の掲示、効果は限定的か

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 何ごとにおいても第一印象は重要だ。ラスベガスの空港に降り立った訪問者がまず最初にやることは、多くの場合、空港からホテルへのタクシーでの移動だろう。
 もしそこで、わざと遠回りをするような悪質ドライバーに遭遇したら…。
(上の写真は、ラスベガス国際空港の第1ターミナルのタクシー乗り場に列を成す待機タクシー)

 観光産業で成り立っているラスベガスとしては、訪問者から見たこの街の第一印象は大いに気になるところで、そんなドライバーを野放しにしているわけがない。そう考えたいところだが、現実はさにあらず。15年以上も野放し状態だ。
 ちなみにラスベガスは、空港とホテル街との距離が非常に近く(乗車時間は約10分程度)、団体旅行や送迎付きツアー客などを除くと、大多数の訪問者がタクシーを利用している。

 当局が発表した 2013年のデータによると、空港発のタクシーの稼働台数は年間 360万台。この数字は世界一とされているが、それだけ鉄道など他の交通機関が少ない証拠でもあり、ラスベガスはタクシーに頼らざるを得ない環境にあると言ってよいだろう。
 そんなラスベガスにおいて、いつまでたっても無くならない悪質ドライバーに対して、このたび当局がやっと重い腰を上げ、具体的な対応策に乗り出した。

 いま「悪質」という言葉を使ったが、必ずしもすべてのケースが悪質とは限らないので、話を進める前に念のため補足しておきたい。(写真は空港周辺の高速道路)
 問題となっているタクシーの行為は、「高速道路を使うほどは遠くないのに、高速道路を使って遠回りする」ということであり、結果的に料金が高くなるため、大多数の利用者にとっては迷惑千万な話ではあるが、所要時間的には早く目的地に到着できることが多く、急いでいる利用者や、「乗客を少しでも早く目的地に運んであげたい」という考えでその行為におよんでいるタクシードライバーにとっては、悪質という言葉は適切ではないかもしれない
 もちろんその場合でも、料金が高くなることを乗客に説明すべきと考えると、やはり悪質のそしりは免れないだろう。

 さてその「遠回り」についてだが、どの程度の頻度で遭遇するものなのか。
 具体的な統計数字などを目にしたことがないので正確なことはわからないが、運転手に「高速道路を使わないでほしい」とあえて申し出ない限り、かなりの確率で遠回りされると考えてよいのではないか。
 ちなみにこの問題は、あくまでも「空港からホテルに向かう際の話」であって、その逆、つまりホテルから空港へ向かう際や、ホテルからホテルなどの利用においては、遠回りされる可能性が少ないので、ここでの議論の対象外とする。
 また、厳密にいうと、その「空港」とは、第1ターミナルのことで(現場では T1 と称されることが多い)、第3ターミナル(T3)からの乗車においては高速利用はあまり見られないので、T1 限定として話を進めたい。
(T1 のほうが圧倒的に乗降客が多い。日本人観光客が利用しそうな主要航空会社で T3 に到着するのはユナイテッド航空、ヴァージン・アメリカ航空など。なお第2ターミナルは現在使用されていない)

 ではなにゆえ T1 からホテルへ向かうときなのか。それは、T1 のタクシー乗り場と高速道路の進入口の位置、それに右側通行が関係している。
 この図のように T1 のタクシー乗り場は、赤い線で示した高速道路(Freeway)の進入口にきわめて近い。
 さらに、その進入の際も、その後の 215号線15号線に乗り換える際も、そして 15号線から降りる際も、すべてが右折になっており、これが重要な意味をなす。
 右側通行で、なおかつ原則として一時停止さえすれば赤信号でも右折が可能なアメリカの交通事情において、この T1 から高速に乗ってホテル街へ行くという右折ばかりのルートは、時間の節約になるばかりか、運転手にとっても気分的に楽な順路となっており、「悪意がなくても使いたくなる」というのが多くのタクシードライバーの共通認識のようだ。
 ちなみに逆方向、つまりホテル街から高速利用で空港へ向かう際は、ほとんどが左折となってしまい使い勝手が悪いばかりか、わざわざ目的地の空港から離れる方向に走ってまで高速に乗る理由が見当たらないので、この順路で高速を使う悪質ドライバーは少ない。

 そのようなわけで、空港から利用する際、目的のホテル名だけを運転手に告げて乗車すると、すぐに高速利用のコースに入ってしまうことになり、結果として、「ボラれた!」という騒動になりがちだ。
 その金額差は、ホテルの位置にもよるが、$5~$10。この差を大きいと考えるか小さいと考えるかは利用者次第だが、ちなみに特に大きな事故渋滞などがなければ、高速を利用したほうが数分早く到着することが多い。(MGMグランドやアリアなど、高速利用のほうが所要時間が長くなるホテルもある)

 当然のことながら、その「ボラれた!」という不満の声は世界中の利用者からタクシー会社に寄せられており、この「遠回り問題」は 90年代後半に空港周辺の高速道路が整備された頃から存在する古くて新しい問題だ。
 「新しい」理由は、スマートフォン、ツイッター、フェースブックなどの普及により、このラスベガスに対するネガティブな第1印象が世界中に流布してしまいやすい環境になってきたからだ。

 なぜ今まで野放し状態が黙認されてきたのか、なぜ積極的に取り締まってこなかったのか。それはラスベガスの運輸業会の特殊性や(理由は省略)、その業界を管轄する当局(今回の場合は Nevada Taxicab Authority)との関係にあるとされるが、真相は特に公表されていない。
 業界と当局の人脈の親密性などがささやかれている現状を考えると、放置されてきた背景など、今さらあえて書く必要もないだろう。
 ちなみにこれまで長い間、この問題の対応策の議論において、何度も固定料金制、つまり、一定のエリア内のホテルであれば、どこのホテルでも、空港からの料金は同じにするという案が検討されてきたが、ことごとく葬られてきた。

 そんな当局が、やっと重い腰を上げて打ち出した対策が、遠回りに関する注意喚起の掲示だ。
 具体的には、空港から主要24ホテルへのタクシー料金の概算と所要時間を、[1] 高速利用の場合、[2] 一般道 Paradise Road を利用の場合、[3] ストリップ大通り(Las Vegas Boulevard)を利用した場合、の3つのルート別に示すというもので、実際に 1月17日から T1 のタクシー乗り場の近くで実行に移している。(写真上)
 「悪質ドライバーに注意!」ではなく、「いくつかのルートがありますよ」という形での表現は、各方面に配慮したなかなか思慮深いアイデアだ。

 その掲示内容を見る限り、この情報開示は、利用者にとって非常に役立つ有意義なデータで、公的な機関としてはかなり踏み込んだ画期的な行動といえるが、地元メディアなどからは早くも問題点が指摘されている。(写真は掲示内容の一部。これら数値は概算であって、渋滞した場合などは待機料金が加算されるので大きく異なってくる可能性がある。また、チップは含まれていない)

 最大の問題点は掲示の場所。まったく目立たないのである。
 ちなみに現在掲示されている場所は、T1 のバゲージクレームのエリアからタクシー乗り場へ出る直前の「死角」ともいえそうな狭い空間で、ここは空調の無駄をなくす目的なのか、2つのドアに挟まれたスペースになっており、一つ目のドアが閉まっている限り、スーツケースが回転台に出てくるのを待っている人からは見えず、また二つ目のドアが閉まっている限り、タクシーを待つ列に並ぶ人からも見えない。
 つまりこの掲示は、スーツケースを受け取りタクシー乗り場へ向かう人が、一つ目のドアが開き、二つ目のドアを出るまでのほんの5メートルほどを歩く間に右側の壁を見ないと気づかないことになる。(下の写真は、掲示に気づかず素通りする人たち)

 地元有力紙「ラスベガス・リビュージャーナル」は、「15分間に86人が通過し、14人が掲示に視線を送り、その内、立ち止まって読んだのは 6人だけだった」と報じている。
 また同紙によると、2つ目のドアを出たあとの場所の壁、つまり、タクシー乗り場に並んでいる人たちから見える場所に掲示するスペースはいくらでもあるにもかかわらずそこに掲示しなかった理由について、当局側は「建物の外の場所は風雨にさらされやすいため、耐久性が高い材質で作る必要があり、予算的な問題があった」と語っているらしい。


 問題点は他にもある。この場所は、回転台の脇にあるという意味で、スーツケースなどを預けた人が使う通路であり、機内持ち込み荷物だけだった人が通過することはほとんどない。特に、T1内のAゲートや Bゲートに到着した人は、こことはまったく異なる場所にあるメイン通路を通って外に出るのでなおさら利用する可能性が低い。
 ちなみに空路でベガス入りする来訪者の大半はアメリカ国内からの旅行者で、国内線における預かり荷物を有料とする航空会社が増えてきた昨今、大きな荷物がある者は少数派だ。
 そう考えると、この掲示に気づくのは、実際にタクシーを利用する者の数パーセント以下しかいないと推測できるが、当局側はそういった指摘を意識してか、第3ターミナルのタクシー乗り場の列の前にも近日中に設置すると発表している。
 しかしよく考えると、はじめから T3 からのタクシーは高速を利用をしないのが普通なので、どんなに大きく掲示されようが、タクシー業界にとって T3での掲示など、ほとんど痛くもなんともないはずだ。

 結局、今回の Nevada Taxicab Authority の行動は、長年の沈黙を破ったという意味では画期的ではあるものの、「やるべきことはちゃんとやっていますよ」と対外的にアピールしながら、タクシー業界に最大限配慮した妥協の産物的なパフォーマンスのようにも見え、効果は限定的と言わざるをえない。つまり、悪質ドライバーは、これまでどおり悪事を働く機会を失うことはないだろう。
 やはり性悪説社会のアメリカでは、利用者自身が情報で武装し賢くなるしかないということか。いずれにせよ、高速を利用されたくなければ、「Please don’t take freeway」などとハッキリ意思表示をするようにしたい。

 ということで、ベガスでのタクシー利用の際は、ここまでに書いてきた内容も含め、できるだけたくさんの情報で武装してほしいわけだが、待機料金の存在だけは忘れないでいただきたい。
 なぜなら、運転手にだまされまいと高速利用を避け一般道にこだわっても、信号待ちや渋滞などがあると、24秒ごとに $0.20 課金されるからだ。念のため、以下にラスベガスにおける料金体系をまとめてみた。

【料金体系】
初乗り( 1/13 マイル、約 123m まで)は $3.30、その後 1/13 マイルごとに $0.20。これをメートル単位の距離換算で表現すると、「乗った瞬間に $3.30、あとは 1km ごとに $1.62」ということになる。
待機料金は 24秒ごとに $0.20 課金され、信号待ちなどの停車中のみならず、時速12マイル(約19km/h)以下での低速走行時に対しても適用される。渋滞が発生しやすい夕方以降の時間帯のストリップ地区は要注意だ。
さらにラスベガス独自のタクシー料金として、空港通行料というものもあり、これは空港からの乗車、つまり空港から出て行くタクシーを対象とした課金で(空港に向かう乗車では課金されない)、乗客の人数に関係なく一律 $2.00。
したがって、ここまでの料金、つまり初乗り料金、距離料金、待機料金、空港から乗車の際の空港通行料、の合計に加え、さらにその 15%~20% 程度のチップを上乗せして支払うことになるので、ラスベガスのホテルは空港から非常に近いといえども、最低でも $20 にはなってしまうことを覚えておきたい。

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