人気シェフ監修の高級店のカジュアル版「PUB 1842」

 先月18日、MGMグランドホテル内に、著名料理人マイケル・ミナ氏が監修するカジュアルなビールパブ「PUB 1842」がオープンした。
 これからの暑い季節、ビール党にとってはうれしいニュースなのでこの店の話題と、最近の高級レストラン業界に見られるトレンドについて取り上げてみたい。

 著名な料理人のことを日本では「カリスマシェフ」と呼んだりする。アメリカでの同義語は「スターシェフ」もしくは「セレブリティーシェフ」だ。
 スターシェフになることができたいきさつは人それぞれだが、やはり一番多いのはレストラン経由だろう。つまり自分の店が繁盛し、いつのまにか名声を得ていたというケース。
 そんなスターシェフが一番多く存在しているのがラスベガス。いや正確にいうと、スターシェフそのものではなく、「スターシェフの店が」が正しい。
 なぜならそれぞれのスターシェフのもともとの店はロサンゼルス、ニューヨーク、サンフランシスコ、あるいは海外のパリやロンドンなどにあり、彼らのほとんどはラスベガスには住んでいないからだ。

 それでも彼らはこぞってラスベガスに店を出す。それも1店や2店ではない。一人が3店、4店、出すことも少なくない。
 もちろん彼らが全額を出資しているとは限らず、ホテルとのコラボレーションということもあるわけだが、とにかくこの街ではスターシェフの店が乱立気味であることはまちがいない。それだけ高級レストランの需要が多く、市場サイズが大きいということだろう。

 ところがリーマンショック以降の長引く景気低迷の影響か、ここ数年、高級レストラン業界に変化が見られるのも事実で、閉店に追い込まれたり、業態の変更や新たな展開を模索する店があとを絶たない。
 たとえば、ラスベガスで最高級のフレンチレストランとされミシュランの星も獲得していたアレッサンドラ・ストラッタ氏のウィン・ラスベガス内の店「Alex」や、アメリカ料理界の最高の賞とされるジェームス・ビアード賞を受賞したブラッドリー・オグデン氏のシーザーズパレス内の「Bradley Ogden」が姿を消してしたことは記憶に新しい。

 閉店にまでは至っていないものの、なんらかの変化を求めているシェフたちも多く、その大きなトレンドが、自身の名前やブランドイメージを落とさない範囲内で、価格を落とした庶民的な店へのコンバートや新たな格安店の展開だ。
 たとえば、3000本のバラの花を店内に飾ることで話題を集めていたマンダレイベイ内のヒューバート・ケラー氏の高級店「Fleur de Lys」は、ランチタイムも営業する平凡な庶民派の店に変わってしまった。
 また、ビバリーヒルズにあるハリウッドスター御用達の元祖「Spago」のオーナー、ウォルフギャング・パック氏もラスベガスに複数の高級店を持つが、昨年アリアホテルに隣接するショッピングモール「クリスタルズ」内にカジュアルなピザ店を出店。

 料理番組でおなじみのゴードン・ラムゼイ氏も、パリスホテル内に高級ステーキハウスを出した直後に、プラネットハリウッドホテルとシーザーズパレス内に相次いでハンバーガー店とミドルクラスのパブをオープンしている。
 さらに、日本人に大人気のベラージオホテルの「Picasso」で知られるジュリアン・セラーノ氏も、庶民的といえるほど激安ではないもののアリアホテル内に自身の名前を冠したタパス店を出し、ベネシアンホテルの高級フレンチ店「Bouchon」のジェームス・ビアード賞を受賞しているトーマス・ケラー氏にいたっては、同ホテル内の通路に面したブースで持ち帰り専門のベーカリーを始めた。

 日本でも名高い料理界の巨匠、ジョエル・ロブション氏も例外とは言い切れない。
 彼の場合、MGMグランド内に最高級の店を開業させたときに、ワンランク価格帯を下げたカジュアル店も隣にオープンさせているわけだが、常にカジュアル店のほうが繁盛しているというから、どんなに名声があるからといっても高級店を常に満席にすることは簡単ではないようだ。

 結局、名の通ったスターシェフたちの間で、価格を落としたカジュアル店に手を出していないのは、NOBU こと松久信幸氏ぐらいか。それでもシーザーズパレス内に最近オープンした彼の店を数回見た限りでは、決して繁盛しているようには見えないので、状況は他の高級店と似たり寄ったりなのかもしれない。
 ということで、個人消費がリーマンショック以前のレベルに戻るまでの間、高級レストランにとっては冬の時代がしばらく続きそうだ。

 前置きが長くなってしまったが、そんなトレンドの中、このたびマイケル・ミナ氏監修のカジュア店「PUB 1842」が MGMグランド内にオープンした。
 場所は、今まで彼自身の高級店「Seablue」があったところ。つまり今回の開業は高級店からカジュアル店へのコンバートということになる。
 ちなみにマイケル・ミナ氏はサンフランシスコで名声を築き、大統領の料理を作る機会に恵まれるなどして、ミシュランの星も獲得。
 その後、ベガスへ進出し、ベラージオホテル内に自身の名を冠した「Michael Mina」、MGMグランド内に前述の「Seablue」と「Nobhill」、マンダレイベイ内に「Strip Steak」、そしてアリア内に「American Fish」をオープンさせるなど、ベガスのスターシェフの中でも屈指の露出度を誇っている。

 そんな彼がワンランク価格帯を落とした店としてオープンしたのが PUB 1842 というわけだが、この変則的な店の名称の由来は、現在のチェコにある Pilsen 地方において、ピルスナー・ビールが誕生した 1842年にちなんでいるとのこと。
 それを聞くとチェコやヨーロパ産の輸入ビールをいろいろ楽しめるものと思いきや、実際にはメニューにリストされている約60銘柄の大半がオレゴン、コロラド、カリフォルニアを中心としたアメリカ産で、チェコ産は「Pilsner Urquell」の1銘柄だけ。チェコ以外のヨーロッパではベルギー産が圧倒的に多く 9銘柄、あとは日本のアサヒスーパードライ、サッポロプレミアム、そしてメキシコとイギリスのビールがそれぞれ数銘柄ずつ。
 なお最近アメリカやヨーロッパで静かなブームとなっているアルコール度が高い濃厚なビール India Pale Ale(通称 IPA)も 2銘柄(米国産)ではあるが用意されている。
 値段は一番安い銘柄の約350ml サイズのジョッキが 6ドル、500ml サイズが 7ドルとなっており、500ml が割安だ。

 さすがはスターシェフ監修の店だけあって、パブと言えども、先週のこのコーナーで取り上げたバーとは異なり、つまみ類はかなり充実している。
 ちなみに「Tempura Maitake Mushrooms」というものが目に止まったので、だまされたと思ってオーダーしてみたら、見かけはあまり良くないものの、そこそこまともな舞茸の天ぷらが出てきた(写真)。ただしディップに付けて食べることになり、天つゆはない。値段は 12ドル。

 その他、数種類の料理を試した限りでは、どれもまずまずといった感じで、アメリカのカジュアル店の味としては悪くない。
 ただし、看板メニューと言われている「1842 Burger」($18)をオーダーする際、焼き方を聞かれなかったのが残念だ。
 このレベルの値段のハンバーガーになると、ステーキのように焼き方を聞かれるのが普通なので、たまたまウエイトレスが聞き忘れた可能性もあるわけだが、こちらが確認しなかったミスということにして、これは次回の課題としたい。

 また Hot Salted Pretzels は名前からある程度は想定できていたものの、想像以上に塩気がきつい感じで、ビールのつまみとしてはいいかもしれないが、食事としては避けたいレベルだった。
 ただこの種の塩加減などは、担当シェフによって変わるものなので、次回も同じ味とは限らないわけだが、できる限りバラツキがないよう、マイケル・ミナ氏はきちんと現場の弟子たちを指導すべきだろう。

 そんなことを思いながら飲み食いしていたところ、突然まさかのミナ氏本人が厨房から出てきた。通常ラスベガスには住んでいないと聞いていたのでアポイントなしの訪問だったため、声をかける間もなく、付き人と一緒に店から出て消え去ってしまい、何も話を聞くことができなかった。なんとも残念きわまりない。
 場所は、MGMグランドホテルのカジノフロアからプール施設へ通じる長い通路の途中の左側。ランチタイムもオープンしており、営業時間は午前11時30分から深夜24時まで。金曜日と土曜日は午前1時まで。子供の入店も可。

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