なんともラスベガスらしいニュースが飛び込んできた。筋肉増強剤などの使用もOK、つまりドーピングありのスポーツ大会が来年5月にラスベガスで開催されることになった。
ラスベガスらしいといっても、主催者がラスベガスの企業や団体というわけではない。開催地に選ばれたことがなんともラスベガスらしいのである。
ラスベガスという街のニックネームが「Sin City」(罪の街)であることは多くの人が知るところ。
犯罪が特に多いというわけではないし、街全体が罪なことをしているわけではないが、そのネーミングにはなぜか納得してしまう。
ちなみにこれまでにもラスベガスではマリファナ業界やイレズミ業界の大型コンベンション、ハッカーたちの国際的な集会などが開催されてきた。そこに今回のドーピングありのスポーツ大会が加わる。
もちろんそれらが違法なイベントというわけではないが、それぞれの主催者が罪の街ラスベガスを選んだことはなんとなくわからないでもない。たぶん合理的な根拠や深い理由などがないまま、ベガスがふさわしい開催地と考えたのだろう。
ドーピングありの大会を主催するのはオーストラリアの実業家 Aron D’Souza 氏を中心とした組織で、その大会名は「Enhanced Games」。
ちなみに enhanced は「強化された」といった感じの意味なので、これまたうまいネーミングといってよいのではないか。各アスリートの肉体はアナボリックステロイドなどで強化されているからだ。

オーストラリアの実業家 Aron D’Souza 氏。(公式サイトのメディア用ファイルから)
この組織やイベントには、何人かの著名人たちも賛同しているようで、ドナルド・トランプ・ジュニアも出資者の中のひとりらしい。
各報道や公式サイトなどの情報によると、軽い気持ちでの一過性のイベントではなく、将来的にはオリンピックや各競技団体の世界選手権などと対峙するようなイベントに育てたいようだ。
だからこそその存在を黙認できないのか、さまざまな方面から批判の声が上がっている。
批判の理由の多くは、これまで禁止されてきた薬物の使用を認めることに対するモラル的なことと、アスリートの健康問題だ。
たしかに Enhanced Games に参加するアスリートの多くが使用するであろうエリスロポエチン、アナボリックステロイド、成長ホルモンなどはさまざまな障害を引き起こすとされており、特に心臓に与えるダメージは甚大らしい。
実際に、ドーピング対策が甘かったツール・ド・フランスに参加していた選手(あるいは参加を目指していた選手)の何人かは、若くして心臓障害で亡くなったときく。
そんな批判や健康問題が指摘されている中でも開催する理由は何か。
それは公式サイトなどを見れば読み取れるが、ビジネス目的であることは言うまでもない。つまり主催者は興行として成功すると読んでいるのである。
たしかに一般のスポーツの世界記録などが次々と破られたりしたら、世間から注目されメディアも報道するはずで、そうなると入場料収入や広告収入、さらには放映権などでの収入も期待できる。
実際に優勝者などには高額の賞金が用意されているようなので、オリンピックなどとはちがった意味で注目される可能性が高い(オリンピックでも国から報奨金などが出ることもあるようだが)。
さらに世界記録を破った者には 100万ドル(約1.5億円)の特別賞金も出るといった噂もあったりする。
当然のことながら、各方面から「アスリートの健康を犠牲にするようなビジネスはいかがなものか」、「金儲けのための人体実験だ」といった意見が噴出しているわけだが、そんなことは想定済みのようで、「各選手ごとに医療チームを組み、健康被害などがないよう万全の体制を整えている」といったことを公式サイト内で強くアピールしている。
参考までに本社はオーストラリアではなく、ケイマン諸島となっているところがなんともあざといというか微妙だ。
というわけで倫理的な理由から批判的な意見が多いのは当然だが、その一方で通常のスポーツイベントでもドーピングが無くなっていないのも事実。
オリンピックのハンマー投げで優勝選手がドーピングで失格となり、日本の室伏選手が繰り上げ優勝で金メダルを獲得するなど、その種の騒動は枚挙にいとまがない。
なぜドーピング騒動が無くならないのか。それは新薬と検査方法のいたちごっこで、検査に引っかからないような新薬などが開発されたりしているからだ。
実際に検査に引っかからずに順位や入賞などの試合結果がそのまま記録として残されていることが少なくないらしい。
室伏選手の例のように、競技終了後、かなりの日数が経過したのちに違反が発覚して記録が取り消されるニュースをときどき耳にするが、取り消されることがあるということは、取り消されない事例もたくさんあると想像できる。
そうであるならば、検査をすり抜けているアスリートがいい思いをして、正直者が馬鹿を見るといった不公平なことが起こっているわけで、いっそのことドーピングありというイベントのほうがむしろ公平だという意見も今回の騒動で聞かれる。
また、薬物の種類においてもOKなものとダメなものの線引がむずかしいらしい。ほとんどのアスリートは筋肉を増強するためのプロテインはOKなので摂取しているが、アナボリックステロイドはダメだ。その2つの線引は簡単なのかもしれないが、微妙な線上の薬も多くあるときく。
さらに競技能力を高める手段は薬だけではない。器具なども同様だ。
スキーのジャンプ競技においては身に付けるスーツなどに細かい規定がある。水泳の水着もしかり。
基本的に大幅に有利になる道具の使用は禁止されているわけだが、パラリンピックの走り幅跳びなどでは高性能の義足で好記録を出している選手もいたりする。
さようにむずかしいルールの線引。それにつられて Enhanced Games においても議論が尽きない事態になっているわけだが、ラスベガス好きのここの読者としては、ラスベガスのどこでどのような形で開催されるのかが最大の関心事だろう。
現時点で報道されている情報としては、開催場所はリゾーツワールドとなっている(かつてスターダストホテルがあった場所に新しく誕生したカジノホテル)。
競技種目は 50メートルや100メートルといった短距離の水泳と陸上。それに重量挙げだ。いかにもドーピング効果が現れやすい競技種目といってよいのではないか。
開催まで約1年。高額賞金を目指してすでに薬物で筋肉を増強しているアスリートがいるかも知れない。いや絶対にいる。
彼らがウサイン・ボルトよりも速い 9.4秒とかで走り抜けたらメディアはどのように報道するのだろうか。NHKなどの対応も含めて今から興味が尽きない。