ラスベガスのラーメンのスープがぬるいワケと対処方法

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 ここ数年、アメリカでは RAMEN が大ブーム。SUSHI に勝るとも劣らない人気で、ニョーヨークやロサンゼルスなどの大都市のみならず、ここラスベガスでも数え切れないほどのラーメン店が乱立している。

 そんなトレンドを背景に、このラスベガス大全でもこれまでに何度かラーメンに関する話題を取り上げてきたわけだが、読者から「記事内で紹介されていたラーメン店に行ったら、スープがぬるかった」といった報告を受けたことがある。
 たしかにややぬるいことは事実かもしれない。在米日本人の多くはそのことを薄々感じているのではないか。

 そんなところに、「あえてスープの温度にこだわっているラーメン店がある」という話を耳にしたので、さっそくその現場をたずねてみた。
 幸いにも店長の Ken さんから話を聞くことができたので、今週は、アメリカにおけるラーメン店のスープの温度について、たぶん一般の日本人は知らないであろう事情を報告してみたい。
(下の写真は店長。日本生まれ、日本育ちとのことで、ラーメンにはかなりこだわりがあるようだ。写真の右側が曇っているのは湯気)

Ramen Arashi

 やはり日本のラーメンと比べると、アメリカのラーメンのスープの温度がやや低いことは事実のようだ。

 それには理由がある、と書くと、多くの読者は「アメリカ人はネコ舌だから熱いのが苦手」「音を立てて食べたり飲んだりする習慣がないのであまり熱いと不便」といったことを想像しているに違いない。

 たしかにそのようなことを理由に、あえて温度を低めに設定している店もあるのかもしれないが、今回の取材での話を聞く限り、そういった店は少数派か、もしくは日本の食文化の環境で育っていないシェフやオーナーの店と思われる。
 日本人の味覚の持ち主であれば、わざわざ温度を下げるようなことはしないはずだ。
(下の写真はラーメンをゆでる湯の温度が十分に高くなっているかを確認している様子。ちなみに 97.7度以上にはならない)

Ramen Arashi

 もう一つ、この写真を見て別の理由を想像している読者もいることだろう。標高に関わることだ。
 ラスベガスは標高が 600~700m の場所にあるため、気圧が平地よりも低く、この店の標高では沸点が約97.7度。つまりどんなに長く火にかけていても湯の温度はそれ以上にはならない。

 たしかにこれは動かしがたい物理的な事実ではあるが、今回の話題の本質ではない。
 そもそもニューヨークやロサンゼルスなど標高が高くない地域でも、このスープの低温問題は話題になったりしている。
(余談: 気圧が低くても、味噌や醤油を含んだ液体は、いわゆる「沸点上昇」で 100度以上になるのではないかと思われるかもしれないが、通常のラーメン店では、味噌や醤油を含んだ液体を火にかけるのではなく、味噌や醤油が入ったどんぶりに、だし汁をそそぐので、塩分などをそれほど含まないだし汁そのものは沸点上昇の恩恵を受けにくい)

 ではスープがぬるい本当の理由は何か。店長いわく、それは飲食業界の衛生状態などを監視する当局の規制に原因があるとのこと。
(上の写真は、衛生度を判定する保健当局の検査証。すべての飲食店はこれを店内に掲示しなければならない)

 つまり日本でいうところの保健所のような組織が決めたルールに従ってラーメンを作る必要があり、それを守ると、どうしてもスープの温度が大きく下がってしまうというのだ。正確にいうと「表面温度だけが大きく下がってしまう」になる。つまり、表面以外はそれほど下がらない。

Ramen Arashi

 理由は簡単だ。ラーメンの上に乗せるいわゆるトッピング、つまりチャーシュー、ゆで玉子、メンマ、コーン、バター、なると、わかめ、ネギ、ホウレン草、モヤシなど、これらはすべて4度以下に低温保管された状態から取り出してすぐに乗せなければならないからだ。
(上の写真は、トッピング保管ケース内の温度をチェックしているところ。3.3度であることがわかる。保健当局の抜き打ち検査があるので、この温度管理は厳格だ)

 日本の店のように、これら材料をあらかじめ調理場に出しておいて、室温の状態にしてからラーメンの上に乗せるといった調理方法はルール違反となり、抜き打ち検査で違反が発覚した場合、警告が発せられ(2つ上の写真の検査証の衛生判定が ランクから に格下げされてしまう)、最悪の場合は一時的に強制閉鎖となってしまう。内部告発が一般的なアメリカの風土を考えると、このルールは守るしかない。

Ramen Arashi

 冷蔵庫から取り出したばかりのトッピングをたくさん乗せたら、スープの温度が一気に下がってしまうことはだれにでも想像できよう。

 では、この現実に、各ラーメン店ではどのような方法で対応しているのか。
 結論から先に書いてしまうならば、店長いわく、ルールはルールということで守るしかなく、対応策を真剣に考えている店は少ないのではないか、とのこと。
(下の写真は、麺を茹でながら、それと並行してその湯気でどんぶりを温めている店長)

Ramen Arashi

 ちなみにこのラーメン店、カナダのバンフに本店があるという。バンフといえば、あのカルガリー・オリンピックの開催地にほど近い街で、標高が高いスキーリゾートでもあり冬は非常に寒い。
 ちなみにその地の標高 1400m における沸点は 95.3度。味噌や醤油を含まないだし汁は、どんなに長く火にかけてもこの程度の温度までにしか上昇しない。

 「暖を求めてやって来てくれるお客さんに対して、ぬるいラーメンを出すわけにはいかない」
 そんな思いで、少しでも高い温度のスープを提供しようと試行錯誤の工夫を続けてきたこともあり、この店ではそれなりのノウハウがあるという。

 バンフ店でも働いていたことがある店長いわく、「保健所からの指導はラスベガスのほうがきびしい。気温や標高はバンフほどは条件が悪くないものの、ルールがきびしいので、バンフで養ったノウハウはラスベガスでも非常に役に立っている」とのこと。
 ちなみにこのラスベガス店ではトッピングにチャーシュー、ゆで玉子、なると、ホウレン草などを使っている。(ラーメンの種類によってトッピングの具材は多少異なる)

 企業秘密になるので全部は公開できないとのことだが、チャーシューに関しては教えてもらえた。
 その方法は、冷蔵庫(実際には調理場のカウンターに設置された平面タイプの冷蔵トレイ)から取り出したばかりの 3.3度に冷え切ったチャーシューをガスバーナーで温めるという方法だ。(下の写真)
 ノウハウというにはあまりにも原始的な発想で意外性はあまりないが、ほんのりコゲ目が付き、温度ばかりか香ばしさも増すのでこれがなかなかいいらしい。
 「こんな冷たいチャーシューを他の店ではそのまま乗せてしまうのか。ルールといえども、そんなことをしていたら日本のラーメンの評価が下がってしまう」と心配にもなったが、その一方で、「公開してくれたということは、たぶん他の店でもやっている一般的な方法にちがいない」と思ったりもする。

Ramen Arashi

 冷え切ったほうれん草の温め方に関してもさりげなく教えてもらえたが、非公開にしてほしいとのことだったので割愛するとして、試食させてもらった限りでは、たしかに他の店よりもスープの温度が高いように感じた。

 それでも日本のものよりもやや低く感じたので、店長にそれを指摘すると、「ルールを守っている限り、日本とまったく同じ温度にはできません。トッピング具材の温度があまりにも低いので、対応策にも限界があります。とはいえ、少しでも高い温度を保つよう努力しているラーメン店も少なからず存在していますので、ラスベガスでのラーメンを想像だけで一律に低く評価するのは正しくないです。日本の店に勝るとも劣らないレベルのラーメンを提供している店もあります。それと、ぜひ知っておいていただきたいこと、それはお客様側の工夫で温度が低く感じない方法もあるということ。スープを飲む際、そのまま表面付近のものを飲むのではなく、レンゲやハシなどで軽くかき混ぜてから飲むか、意識的に下の方のスープから飲むようにしてみてください」とのこと。

 そのとおりにやってみると、なるほどたしかに日本のものと変わらないほど熱いスープに遭遇できた。
 店長は続けた。「アメリカのラーメンがぬるいと感じてしまうのは、みなさん表面のスープをすくって飲むからです。冷たいトッピングによって表面の温度は一気に低下しています。でもそれは表面だけの話。下のほうを混ぜると、日本のラーメンと比べても遜色のない程度の温度になっていますよ」とのこと。

 実際に温度計で、トッピングを載せない状態と、載せたあとに混ぜてみたときの温度差を計ってみたところ、わずか2度だった。
 風呂の温度で2度も差があると、大きなちがいに感じるものだが、ラーメンのスープほどの高温帯では、通常の人にとってはほとんど差を感じることが出来ないようだ。(ちなみに、シャーシューや野菜類を事前に温めていない店の場合、この温度差はかなり大きなものになってしまうらしい)

Ramen Arashi

 ちなみにトッピングを載せた状態における、まぜる前の表面温度と底部の温度差は5度以上もあった。それがこの写真だ。
(この写真は 71.4度を示しているが、下の写真では 77.0度。この2つの写真、温度計の棒状に見えている部分の長さから、先端にあるセンサーの位置の水深が大きく異なっていることが想像できるはず。同じラーメンでもスープの水深のちがいだけで5度以上も差がある事実は知っておいて損はない。コーヒーや味噌汁では水深の差でこれほどの温度差は維持されないと思われるが、ラーメンの場合、麺そのものが高温であると同時に、麺がスープの対流を妨げているため温度差が維持されやすい)

 というわけで結論としては以下のようなことが言えそうだ。これを知った上で、ラスベガスのレベルの高いラーメンを楽しむとよいだろう。

 ラスベガスのラーメンがぬるく感じてしまうのは、当局が定めるルールが大きく影響している。ただし、それに対して可能な限り対応しようと努力している店もある。
 そして客側にも対応策があり、表面よりも下のほうのスープから飲み始めると自然に混ざり始め、全体として十分にあたたかく感じるスープになる。あとこれは好みの問題で賛否ありそうだが、質量や比熱が大きい具材(ゆで玉子など)はスープの温度を下げる効果が大きいので、なるべく早めに食べてしまったほうがよい。ただし冷たく感じる具材を好まない者にはおすすめできない。

 なお保健当局の規則は、州や都市によって多少異なる可能性があることを付け加えておきたい。

(取材協力: Ramen Arashi)

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コメント(2件)

  1. 脇坂きみ子 より:

    素敵なスマホ版ですね。

  2. 綾紫 より:

    楽しく拝見しましたが、直前にあぶるのはルール違反にはならないのでしょうか。さて、私は猫舌ですので、実はぬるいラーメンを歓迎します。

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