週刊ラスベガスニュース バックナンバー   2004年 5月 26日号
ネオンに潜む深刻な社会問題・ギャンブル依存症の実態
 ラスベガス市民はギャンブルをやるのか…… これはラスベガスを訪れる多くの人たちがいだく疑問だ。
 その答えは 「イエス」、つまり地元民の多くはギャンブルをたしなんでいる。いや 「たしなむ」 などという言葉では済まされないほど熱狂的なギャンブラーが少なくない。
 これを聞いて 「ホント?」 と思った者は、日本のパチンコを考えるとよいだろう。ギャンブル好きのラスベガス市民はまさに日本人が近所のパチンコ屋へ出かける感覚で毎日のようにカジノへ足を運んでいるのである。いや、むしろパチンコよりもカジノは身近な存在かもしれない。レストランや酒場などが併設されているばかりか 24時間営業となっているため、人によっては昼夜を問わずライフスタイルの中に完全にカジノがとけ込んでしまっている場合も少なくないようだ。

 統計によるとラスベガスのカジノ産業の売り上げの約 3分の1 は地元民、同じく 3分の1 が、車で 4〜5時間で来ることができる南カリフォルニア (ロスアンゼルス、サンディエゴ地区) からの来訪者、そして残りの 3分の1 が全米各地および世界各国からやって来る観光客によって支えられている。
 つまり地元民ギャンブラーは地域経済を支える重要な構成員であると同時に、ギャンブル中毒、ギャンブル依存症、ギャンブル破算といったやっかいな問題を巻き起こす当事者にもなり得るわけで、この街にとってギャンブルの是非を語ることはもはや永遠のパラドックスといってよいだろう。
 ちなみに観光客の視界に入るストリップ大通りやダウンタウン以外にもカジノは無数に存在しており、 その多くはベッドタウンに近接している。そしてそれらカジノのほとんどは、ストリップ地区の巨大ホテルのカジノに勝るとも劣らない規模を誇っており、そこが毎晩遅くまでにぎわっているというから、その実態を知らない者が初めてその光景を見たら目を疑うに違いない。

 地元民カジノの地理的な分布状況と、各カジノの写真  ← クリック

 さてやっとここからが今週の本題だが、「ギャンブル依存症」 という言葉を聞いたことがあるだろうか。アルコール依存症やドラッグ依存症と同様、賭け事に深く依存してしまう精神障害の一種だが、ラスベガスではこれが深刻な問題となっている。華やかなネオンの裏に潜むギャンブル中毒者の実態と、問題解決に向けた活動を取材してみた。

 ネバダ州でギャンブル依存症問題の解決に向けた活動を行っているのは、ネバダ州問題ギャンブル協議会 (Nevada Council on Problem Gambling) だ。
 同協議会は 1984年にラスベガス市に設立された非営利団体(NPO) で、年間予算は 41万4000ドルとのこと。基金の約3分の1が、地元のカジノ業界から拠出されているという。同協議会のエグゼクティブ・ディレクター、キャロル・オハラ氏 (写真右) に話を聞いた。
 「私共の活動の中心は、情報提供と教育です。24時間開設のホットライン "Problem Gambling Hotline" (1-800-522-4700) を運営し、ギャンブル依存症患者やその家族からの問い合わせに対応するほか、ギャンブル依存症に対する理解を促進するためのセミナーなどを主催しています」

 ところで、ギャンブル依存症とは一体なんだろう。ギャンブル中毒と聞けば誰もが、カジノに頻繁に行き、大金を賭ける、無類のギャンブル好きを連想するのではないだろうか。
 しかし、一般に言う 「ギャンブル狂」 がすべて依存症であるとは限らない。オハラ氏によれば、カジノに行く頻度やそこにつぎ込む金額の大きさは、依存度 (同協会では "Problem Gambler" と呼んでいる) とは無関係だという。むしろ問題になるのは、ギャンブルをする目的、ギャンブルをする際の心のあり方、そして、その結果、生活にもたらされる悪影響の大きさなのである。
 また、ギャンブル依存症はアルコールやドラッグの依存症と同様、精神および脳機能の障害であることがわかってきている。米国精神医学者協会は 1980年、ギャンブル依存症を 「Pathological Gambling」 とし、正式に精神障害として認定している。また、フランスの国立科学研究センターも同様な研究結果を今月 20日付の米科学誌サイエンスで発表した。
 ギャンブル依存症はすなわち、単なる生活態度ではなく、れっきとした 「病気」 なのである。 「ギャンブル依存症患者は、大金を手にするためにギャンブルをしているのではありません。欲に動かされてスロットマシンの前に座っているのではなく、『ギャンブルせずにはいられない』 という強い内的な衝動によってギャンブルをしているのです」 とオハラ氏は説明する。
 それでは、単なるギャンブル好きと依存症患者の違いはなんだろう。これは同協会が用意した 「ギャンブル依存症・チェックリスト」 を見るとわかりやすい。

以下にひとつでも該当すれば、ギャンブル依存症の可能性があるという。

  • 仕事や学校へ行くべき時間を使ってギャンブルをしている。
  • ギャンブルをやめようとしてもやめられない。
  • ギャンブルに費やす時間や金銭に関し、他人に嘘をついている。
  • 生活や精神的な問題から逃れるためにギャンブルをしている。
  • ギャンブルに費やす時間、金銭が増え続けている。
  • 損した金額を取り戻すために、1回の賭け金が増え続けている。
  • ギャンブルのために、自分自身や家族の面倒を十分に見ることができなくなっている。
  • 借金や家族、友人の金銭的援助がないと生活できない。
  • 無力に感じ、憂鬱な気分である。自殺を考えたこともある。
 オハラ氏に依存症患者がたどる典型的な末路を聞いた。
「ギャンブル依存症患者も、最初は他の人たちと同様、『楽しいから』 という理由でギャンブルを始めます。ところが、カジノに行く目的がいつの日か変化するのです。本来エンターテインメントの場であるべきカジノが、悲しみや不安などから逃れるために行く場所になり、やがてギャンブルをしなければ高揚感や幸福感が味わえなくなる。ギャンブルにつぎ込む時間や金銭は日を追うごとに増えていきます。これは、ビール1本で満足していたアルコール依存症患者がすぐにウイスキー1本飲んでも酔えなくなるのと同じです」

 依存度が高くなると、仕事を休んでカジノに行ったり、生活費のすべてをギャンブルにつぎ込んでしまうようになるという。
 また、ギャンブルに使う金銭を手に入れるため、周囲の人に借金したり、クレジットカードローンを使うようになる。借金は膨れ上がり、家賃や光熱費などが支払えなくなる。このため、正常な生活を営むことができなくなるが、ギャンブルをやめることはできない。
 「一度大金を勝ちさえすれば問題はすべて解決できる」。依存者本人がそう思い込んでしまうことで問題はさらに悪化の一途をたどり、ギャンブル地獄にずるずると引き込まれていくのである。オハラ氏によると、彼らの末路は悲惨だ。
 「ギャンブル依存者がたどる最悪の執着地は自殺です。金銭的な問題とうつ状態により、自ら命を絶つ依存症患者は少なくありません。また、犯罪に走る人もいます。会社のお金を使い込んで逮捕された中年女性が、依存者だったという事件もありました」

 では、ギャンブル依存症に陥りやすいタイプというのは存在するのだろうか。
 同協議会のホットラインへの問い合わせを見てみると、男女比は男性 53%、女性 46% でほぼ同率、年齢層も 21歳から 55歳以上まで幅広く、一定の 「なりやすいタイプ」 は存在しないようだ。
 ただし、依存症には遺伝的要素もあるため、家族や親類にアルコールやドラッグ中毒者がいれば、その分、ギャンブル中毒になる確率も高くなるらしい。また、向上心、競争心が強い人ほど、「自分でこれぐらいの問題は解決できる」 と思い込み、問題、症状を悪化させてしまう傾向が強いという。
 ギャンブル中毒というと、ギャンブルで一攫千金を狙うほかに夢を持つことができない、生活力のない人がなる病気という印象があるかもしれないが、実際には所得や生活水準は関係ないようだ。オハラ氏によると、所得や社会的地位が高い人が、密かに依存症に苦しんでいるケースも珍しくないという。

 ギャンブル依存症はアルコールやドラッグの依存症に比べ、まだまだ社会的な認知が低い。また、「ギャンブル中毒になっても 25セントコインの匂いがするわけではない」 と言われるように、外見や態度から依存症であると判断することもできない。
 そのため、周囲の理解が得がたいのはもちろん、依存者本人も自分が精神障害であると認識するのは極めて難しい。ギャンブル依存症が 「隠れた中毒」 と呼ばれるゆえんだ。
 同協議会が教育に力を注いでいる背景には、ギャンブル依存症特有のこうした問題がある。オハラ氏らは企業を訪問し、社員の前でギャンブル依存症に関する説明を行ったり、地域社会における認識を高める活動にも積極的に取り組んでいるという。

 一方、ギャンブル依存症患者を対象に、治癒に向けたサポートを提供している団体に、「ギャンブラーズ・アノニマス」 がある。これは、アルコール依存症患者を対象にした 「アルコホリック・アノニマス」 を模倣して設立されたサポート団体で、1957年から活動を行っている。
 「ギャンブラーズ・アノニマス」 は、ギャンブル依存症患者が自主的に集まって行うグループセラピーの運営団体で、参加者の匿名性を保つ方針から 「アノニマス」(匿名の意) という名前が付けられている。
 支部は全米各地はもとより、日本を含む世界各国にあり、「12ステップ・プログラム」 と呼ばれる、アルコール、ドラッグ中毒患者が用いるのと同じ治療プログラムを採用し、治療を行っている。
 ラスベガスを中心とした南ネバダ地区では、毎週 90カ所でグループセラピーが行われているという。参加者の氏名を公表しない方針のため、正確な参加人数を把握することはできないが、1つのセラピーに 5〜40名程度が参加していることを考えると、参加者総数は数千にのぼる。
 さてグループセラピーを通しての治癒率だが、これも正確なところは不明という。また、ギャンブル依存症は、アルコールやドラッグの依存症と同様、完治不能な病気であることも事実のようだ。「プログラムを通してできるのは、ギャンブルをやめるということだけ。ギャンブルに依存することになった自分自身を見つめ直し、ギャンブルをしない生活を確立することで、問題を解決することしかできないのです」 とオハラ氏は言う。

 今日においてはラスベガス以外でも多くの都市がギャンブルを認めているが、世界最大のカジノの街ラスベガスではやはり問題が深刻のようで、2000年に初めてネバダ州が行った調査によると、依存症患者の数は全米平均の約2倍にのぼったという。
 しかし、オハラ氏はカジノの存在が問題の元凶ではないという。「カジノは簡単にギャンブルできる場所を提供しているに過ぎません。ギャンブル依存者は、カジノのない街でもギャンブルをするでしょう。スロットマシンやビデオポーカーがなくても、賭け事はできます。依存者がラスベガスを去ることで問題解決ができるわけではありませんし、カジノを違法にしてもギャンブル依存症がなくなるわけではありません」

 前述の通り、ネバダ州問題ギャンブル協議会の運営資金の 3分の1 は、カジノ産業から提供されている。また、同協議会の設立には、Harrah's 社、Mandalay 社、MGM Mirage 社、Caesars 社など、この街に巨大カジノを持つ企業も携わっている。
 カジノ運営側は、「我々が作り出した問題ではない」 というスタンスを守りつつ、問題解決に向け、資金提供を含めたさまざまな協力を行っているわけだが、これは、昨今注目されている企業の社会責任(CSR) 遂行の一貫であると同時に、社会の批判やギャンブル依存者からの損害賠償請求訴訟を回避するためのリスクマネジメントでもある。
 各カジノホテルの一角には、「When The Fun Stops」(楽しみが終わるとき) と題された、同協議会制作のパンフレットが置かれているが、これもカジノ業界による啓蒙活動のひとつだ。また、カジノ業界の多くは、従業員のギャンブル依存症教育にも熱心に取り組んでいるという。

 しかし一方では、1ドルでも多くの金をカジノに落とさせようと、熾烈な宣伝合戦を行っているのも事実で、特に、地元民をターゲットにする、いわゆる 「ローカルカジノ」 では、「給料日はカジノの日!」 といったキャンペーンや、給与支払い小切手 (Paycheck) を自分の銀行口座に入金せずにカジノ内で換金すると特典を与えるなど、あたかも給料をすべてカジノにつぎ込むことを奨励するかのようなマーケティングが行なわれている (写真右)。
 その結果、生活費に困る者があとを絶たず、街の中に Pawn Shop (質屋) の広告ビルボードが立っていたりするのもこの街の特徴だ (写真左下)。
 こうした問題に対し、カジノ業界団体、全米ゲーミング業界団体(American Gaming Association)では先日、「責任あるゲーミング行動規範」 を策定し、マーケティング方法に一定のガイドラインを設けることを決めたという。

 ギャンブル依存症は、病名が作られてから 20年あまりの新しい病気だ。しかし、ギャンブルは文化の発祥とともに生まれた人類最初のエンターテインメントのひとつであり、問題そのものは決して新しいものではない。それが証拠に、「博打に夢中になって家庭を顧みない夫」 は、時代劇や昔話の中でも珍しい存在ではなかったはずだ。
 同様に、この問題はカジノの街ラスベガスだけの問題ではない。全米でカジノの開業が認められていないのは、ハワイ、ユタなど一部の州のみで、その他の州にはラスベガスほどの規模ではないものの、なんらかの形でカジノが存在する。また、日本には公認カジノこそないものの、パチンコという一大ギャンブル産業があったり、競馬や競輪もある。どこに暮らしていようと、ギャンブル依存症の危険から逃れることはできないというわけだ。
 我々が自分自身や身近な人々が依存症になるのを防ぐためにできることは、ギャンブル依存症という古くて新しいこの病気に対し、正しい知識を持つことだけかもしれない。


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