週刊ラスベガスニュース バックナンバー   2016年 12月 14日号
エレベーターの 「閉じる」 ボタン、押すとカッコ悪いワケ
 今週は、ラスベガス固有の話題ではないが、当地を訪れる観光客が必ず使うであろうアメリカのエレベーターの トリビア的な裏事情 について書いてみたい。

エレベーターの閉じるボタン  ラスベガスの大型カジノホテルの場合、たとえ低層階のフロアに滞在することになったとしても、階段でアクセスするような構造にはなっていないので、ほぼ 100% のベガス訪問者がエレベーターを使うことになる。
 日本人にとってエレベーターといえば、よく話題になるのが、「ドアを閉じる」ボタンの存在だ。
 日本ではこれを使うことの是非がしばしば議論になり、むかしからよく言われてきたのが、「日本人はすぐに "閉じるボタン" を押したがる」「ほんの数秒が待てないのか」といった 「日本人せっかち説」
 たぶんその説は正しいだろう。というのも、開きっぱなしのドアを放置している日本人は、日本においてもアメリカにおいてもあまり見かけないからだ。
 多くの日本人はそれを自虐的に認識しているのか、その次に来るのが、「海外ではカッコ悪いので押すのをやめよう」という議論。
 本当にカッコ悪いことなのか...。結論から先に書くならば、少なくともアメリカにおいては本当にカッコ悪いというか、「バカじゃないの」 と思われてしまう可能性が十分にある。

エレベーターの閉じるボタン  その理由を説明する前に、「では一般のアメリカ人は本当に閉じるボタンを押さないのか」という疑問もわいてくるわけだが、その答えは 「ほとんどの人は押さない」 ということになる。
 もし押している人がいた場合、たぶんそれは他の国からの観光客や、アメリカに住んでから日が浅い人の可能性が高い。
(右上の写真がその証拠、と決めつけることはできないが、「開くボタン」 の点字プレートのほうが 「閉じるボタン」 のそれよりもすり減っているところが興味深い。たぶん日本では逆になるのではないか)
 ではなぜアメリカ人は押さないのか。その答えはいくつか考えられる。「日本人ほどせっかちではない」、「押すこと自体がめんどくさい」 といったところが日本人が思いつきそうな理由だろうが、実はそんなアメリカ人は少数派だ。
 周囲の者に聞いてみると、意外にも 「押しても閉まらないから」 という意見が多い。彼らは経験則として、CLOSE ボタンが機能していないことを体感的にわかっているのである。

エレベーターの閉じるボタン  では本当に押しても閉まらないのか。その答えは「イエス」、本当に閉まらない。「そんなバカな」 と言われても事実だから仕方がない。
 多くのアメリカ人が 「押しても閉まらない」 という事実を知っているわけだが、その 「閉まらない理由」 に関してはほとんどの者が知らない。
 つまり CLOSE ボタンが機能していないことは都市伝説のごとく社会全体に広まり、それを多くの人が共有し、その伝説が単なる伝説ではなく既成事実として認知されるようになったまではいいが、本当の理由までは共有されていないということ。
 理由を追求しようとしない好奇心の欠如に少々驚かされるが、多くの人は 「ほとんどのエレベーターの CLOSE ボタンは故障していることが多いので押しても無駄」 程度にしか考えていないようだ。
 エレベーターというものは故障したら大事故につながりかねない乗り物。たった一つのボタンとはいえ、いつも故障していることが気にならないのか。細かい部分など気にしないアメリカ人気質がなんとも大らかでいい。

エレベーターの閉じるボタン  ところが先月その 「閉じるボタンが機能していない本当の理由」 がトリビア形式の記事として大きく報道されたものだから、アメリカ人の間でも 「そうだったのか」 という話題で盛り上がっている。
 報道したのはニューヨーク・タイムズ。日本バッシングなど偏向報道が目立つ いわく付きの新聞社ではあるが(日本事務所を朝日新聞本社ビル内に置くほど朝日との関係は密接)、知名度は抜群なので、報道内容が国民の間に浸透するのは早く、今ではかなりのアメリカ人が閉じるボタンが機能していない理由を知ることになった。

 その理由とは、身障者保護のための法律(Americans with Disabilities Act) の存在だ。
 1990年代、その法律に従い、エレベーターのサイズやボタンの位置、点字義務、さらにはドアが開いている秒数の最低値などが次々と規定され、結果として、閉じるボタンは機能しないようにすることが決まったのである。
 (したがってそれ以前に設置されたエレベーターにおいては機能している場合もあるが、古いビルでもエレベーターはどんどん新しいものに置き換えられるのが普通なので、ラスベガスにはほとんど存在していないのが現状。なお最低秒数に関しては、建物の用途など、さまざまな設置環境に応じて 5秒、8秒、9秒など複雑な規定があるので、すべてのエレベーターが同じに設定されているわけではない)
 車イス利用者など、身障者が乗降し終わっていない間に閉じるボタンを押す意地悪な者などいないだろうから、わざわざ閉じるボタンの機能を止める必要もなさそうだが、性悪説社会のアメリカにおいてはバカなことをやる者がいる前提でルールが作られる傾向にあるので、仕方がないといったところか。

エレベーターの閉じるボタン  「ではなぜ閉じるボタンを取り付けておく必要があるのか。なくてもいいじゃないか」 という疑問もわいてくる。
 じつは閉じるボタンが、ルール制定後 20年以上も化石のごとく残されている理由は、すぐに閉じないことに対してイライラするせっかちな人のために、気休め用 として残してあるのだという。つまりドアが閉じないときにボタンをカチャカチャ押せるようになっていれば、何もないよりは気休めになるらしい。
 ニューヨーク・タイムズのそのトリビア記事によると、このような気休め目的で残されているものは他にもあるそうだ。
 たとえば横断歩道の歩行者用の押しボタン式信号のボタン、オフィスなどの壁に取り付けられている空調の温度設定など、まったく機能していないのに、あえて残してある事例が少なくないという。(すべての押しボタン式信号が機能していないのではなく、機能していないのにあえて設置している場合もあるということ)
 信号待ちしている歩行者にとって、ボタンが押せるようになっていれば 「もうすぐ青になるだろう」 とイライラせずに信号が変わるのをゆっくり待てるし (ボタンがなければ、「いつになったら青になるのかわからない」と思って信号無視をする者が増えてしまう)、部屋の温度が暑すぎると感じた者は、自分で温度を下げることができれば(実際には下がらないが) 少しは気が休まるし、ビルの管理室などにモンクを言う可能性も減る、という理屈らしい。人間の心理とはおもしろいものだ。

エレベーターの閉じるボタン  長くなってしまったが、とにかく閉じるボタンは単なる飾りに近い存在というのが実態なので、ラスベガスのホテルのエレベーターにおいてそのボタンを押すと、「閉まるわけないのにバカみたい」と思われてしまう可能性があることと、そしてなにより 100%無駄な行為 であることを知っておいて損はないだろう。

 最後に、参考までにラスベガスの各カジノホテルのエレベーターの実際の状況を説明しておくと、ドアが開いたあと、乗降がまったくない場合、5秒 で自動的に閉まるように設定されていることが多い(4秒のホテルもある)。
 もちろんその間に閉じるボタンを押しても閉じないわけだが、この 5秒という時間、それほど長くないので、押したとほぼ同時に閉まるように感じることが多く、「オレが押したから閉じたんだ」 という満足感や納得感を与えてくれる絶妙なタイミングといえなくもない。
 結果としてこの 5秒は、閉じるボタンを押した者に対して、機能していないニセモノのボタンであることに気づかせない丁度よい長さになっている。実際にラスベガス以外でも 5秒に設定されているエレベーターが多いらしい。
 いずれにせよ、ボタンが存在していなければイライラしてしまうせっかち者が、押すことによって少しでも納得感が得られるのであれば、やはりこの閉じるボタンは大いに役に立っているといってよいのではないか。
 他にだれも乗っていなければ気晴らしに押してみるのも悪くないかもしれない。1回ではなくカチャカチャと3回ぐらいは押してしまいそうだ。

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